会費おじさん出没

「会費を集めまーす」
 そう言って、スーツを着た50代くらいのおじさんが車両に乗る人々のもとを回り始めた。いきなりの出来事に戸惑う人々はどうしていいのかわからず、お互いがどう出るか牽制しあっている。最初は誰も何も言わなかったが、ひとりの勇気ある若者がそこにいるみんなの気持ちを代弁した。
「会費って何の会費だよ」
 そうだそうだ、何の会費だというみんなの心の中の声が聞こえてくるかのようだった。おじさんは待ってましたとばかりに、この乗客もまばらな小田急線の中で演説を始めた。
「みなさんお疲れのところ申し訳ありません。私はこんなスーツを着ておりますが、しがない無職でございます。だがしかし、スーツを着ていないと皆様のような立派な職業についておられる方からは人間とみなされませんので、今日は気合いを入れて一張羅を着てまいりましたことをここにお断りしておきます。さて、こんな通勤帰りの電車の中で会費がどうしたと言われて面食らわない人はいないでしょう。私も昔はあなた方のような、そっち側の人間でしたから。だけどもね、事実は違うんです。私はわかってしまったのです。世の中には会費を払う者と、それをもらう者しかいません。そして、私は気付いてしまったのです。私は会費をもらってそれで生きる者なのです。朝目覚めてその事実に気付いたその日、私は会社をやめました。それ以来、こうして電車や図書館や公衆トイレなど、場所を選ばずにみなさんのような会費を払うべき人たちからお金を集めて、それで生活している次第であります。どうです? 私の言っていることの意味はおわかりですよね。わかったなら今すぐにでも会費を払っていただけますでしょうか」
 満面の笑顔を浮かべたおじさんは疲れたビジネスマンやOLの間を回りはじめる。もちろん誰も払う者などいない。小田急線は向ヶ丘遊園駅を過ぎたあたりからガラッと人が少なくなり、活気も失われる。そのような疲れた我々に、このような意味のわからない冗談に付き合っている暇はないのだ。
 しかし、そんな人々の思いとは裏腹に、先ほど「何の会費だよ」と声を荒げて質問をした若者が「仕方ねえな」と言って財布を出した。私やその周りの人々はぎょっとして若者の手元を見ると、若者は財布から2万円を取り出したのだ!
 その若者の思い切った行動につられたのか、何人かの人々が、まあいいかという顔をして小銭をおじさんに渡しはじめた。おじさんはついに私のところに近づいてきた。私はどうしようものかと迷っていたが、おじさんに気になっていることをこっそりと小声で聞いてみた。
「あの若い人、おじさんの仲間なんじゃありませんか」
 すると、おじさんはニンマリと笑みを浮かべ、私の耳元にこっそりと囁いた。
「よくわかったね。あれは私の息子じゃ。黙っといてな」
 おじさんはそのまま私をスルーして別のOLのもとへと近づいていった。OLは少し怯えながらも小銭を支払った。おまえら新手の乞食家族じゃないか!と、私は突っ込みを入れたかったが、こういったアイデアに富んだ行動を取る者たちがこの不景気な世の中を生き抜いていくことができるのだろうと妙に感心してしまった。