ぼんやりオープンマウス

 口を開けるなと上司に叱られて以来、一生懸命口を閉じようとするのだが、どうやら僕の口は閉まるようにはできていないらしい。結局、ぽかんと口を開けたまま会議に出席し、お客さんと応対し、夜中まで企画書を作っていた。すると、上司が気味悪いほど優しそうな顔をして近づいてきた。
「おまえのそのポカンと口を開けた顔、気持ちが萎えるよ。俺も何度もおまえに口を閉じろって言ってきたけどさ、注意するほうも疲れるんだよ。いいか、これが最後の忠告だ。ここに大きなクリップを用意したから、これで口を閉じたまま止めておけ。もしこれを使っても口が閉じられないようなら、俺ももう限界かもしれない。限界というのは会社を辞めるということだ。俺が辞めるか、おまえが辞めるか。2つに1つだ」
 上司からもらったクリップを僕はアゴに装着してみる。すると、形こそ格好悪いが、きちんと口は閉じた。それにしても見た目の悪さはどうにかならないのだろうか。まるで普通の会社員のようには見えない。それを指摘すると上司は、口を開けっぱなしにしているよりはよっぽどいいと言った。僕は納得した。こうして僕も上司も無事に会社を辞めずにすんだのだった。クリップさまさまである。