噛みたいロングヘア

 髪の長い女が好きで好きで仕方がない。それはもう、長ければ長いほどいい。これまで付き合ってきた女は全て、髪を切らせなかった。中には毛先だけは揃えさせてくれと懇願する女たちもいたが、そんなのはダメだ。お話にならない。長い髪は毛先が乱れているのがいいんじゃないか。
 それら俺の趣味で髪を切ることを禁じられた女たちは、たいていがこれまでの小綺麗なオシャレが似合わなくなり、ファッションも黒系でダークなものへと変わっていった。そしてあまりに非社交的な雰囲気を醸しだすようになり、外へ出て友達と会うことも少なくなっていった。
 だから俺と別れた女たちは、まずその足で美容室へと向かう。俺と別れたいというより、髪を切りたいという理由で俺のもとを去った女たちも多い。別れた後に道ですれ違うと、ほとんどの女がショートカットになっているのが面白い。きっとショートにすることで機動力や洗いやすさを取り戻したいのだろう。
 俺がなぜこんなに長くて汚い髪が好きなのか。こないだルービックキューブをしながらぼんやりと考えてみた。すると、その理由が突然ひらめいたのだ。俺の家では、オヤジが趣味で海苔の養殖をやっており、風呂場の浴槽がいつも海苔で満たされていた。いや、正確に言えば、俺がそれを海苔と思い込まされていただけなのだが。オヤジはそこら辺の川や海から海草を勝手に持ってきて、浴槽で育てていた。満足いくまで育つと、それを屋根に乗せて乾燥させ、食卓に並べた。大変信じられないことだが、その時の俺はオヤジの作る海苔がこの世で一番美味しい食べ物だと思っていた。
 うちは俺が子供の頃に母親が宗教にハマって離婚して出ていってしまったから、俺とオヤジの2人暮らしであった。だから、スーパーで袋に入った海苔というものを買ってくる人はいなかったのだ。
 浴槽の中はいつも海苔で占領されていたから、風呂には入らなかった。たまにオヤジは給料日に銭湯に連れていってくれることもあったが、それ以外はいつも俺の身体は臭かったのだろうと思う。あの頃のクラスメイトに会ったら謝りたい気分だ。
 そんな風だから、俺は女の髪に海苔を求めてしまうのだろう。家に母親という女性の存在がいなかったこともあり、女性と海苔を同一視する俺の性癖はますます暴走してエスカレートしていった。中学の頃、最初に好きになった女もとにかく髪が異常に長かった。他の男たちは見向きもしなかったけど、俺はそいつに告白して付き合った。俺はそいつの髪を噛むのが何よりも好きだった。
 さすがにその女も、床に引きずるほどまでに髪が伸びて、それでも俺が切ることを許さなかったので別れたがった。風の噂だと、今ではあの女もすっかりショートカットだという。
 こういう話を人にすると、じゃあ貞子がいいんじゃないの?と言われる。そんなことは言われなくてもわかっている。だから『リング』『らせん』のビデオを俺は心が疲れた時に定期的に観ることにしている。
 オヤジは俺に今でも海苔を送ってくるし、俺はそれをおかずにご飯を食べる。初めてスーパーで袋に入った海苔を見た時は、大きな黒い折り紙ではないかと思ったものだ。
 俺はルービックキューブを3面揃えたところで服を着替え、表へと繰り出す準備をする。今日もまた髪の長い女を探しに行くのだ。
 髪の長い女が出没する場所というのはだいたい決まっている。繁華街の裏通りだ。表通りには髪の短い女しかいないから歩く価値はない。それと川沿いも絶対に忘れてはならない。川沿いの風の強い場所では、よく髪の長い女が自分の髪をなびかせることを楽しんでいる光景を見ることができるのだ。俺は今日のターゲットを川沿いにしぼり、望遠鏡を持って家を出る。