友達はボーナスで買おう

 隣の佐藤家からまたも夫婦喧嘩の模様が聞こえてくる。庄田譲治が松原町1丁目にあるメゾン・ド・パピコに引っ越してきて2年が経っていたが、隣接する一軒家との距離が近すぎるため、声が筒抜けになって聞こえてくるのだ。
 この日の喧嘩の内容は、ボーナスの使い道のようだった。佐藤家の主人は大手家電会社に勤めており、おそらく充分な額が至急されるのだろう。フリーターの譲治からしたら贅沢な悩みにしか聞こえない。

「だからさ、俺は今度のボーナスで友達が買いたいんだ」
「はあ? 友達買うの何人目よ。去年のボーナスでも買ったじゃない。もう、これで5人目よ? 友達なんて1人いればいいでしょ?」
「いやいや、けっこう最近仕事が忙しいからさ。友達と遊ぶとストレス解消にもなるんだよ」
「あんたばっかり何よ! ストレス発散しているのはあなたでしょ? 私のストレスは溜まる一方よ」
「君にもちゃんと紹介するからさ」
「どうせ男でしょ? 男の友達なんていらないわよ。そもそも女には友達なんていらないの!」
「じゃあ、君は何が買いたいんだ?」
「バッグよ、バッグ。今度ヴィトンの新作が出たんだから。友達買うお金があるなら、ヴィトンのバッグなんて余裕でしょ?」
「じゃあ、わかったよ。友達も買って、ヴィトンのバッグも買おう。それでいいだろ?」
「うーん、わかったわよ。でもなるべく安い友達にしてね。家計がきつくなるから」

 譲治は佐藤家の言い争いを聞き、気が滅入る思いだった。友達が5人目? 一体いくら給料をもらっているのだ。このご時勢、友達を1人買うのには一番安いのでも30万円はする。高い友達であれば、200万円は下らないはずだ。佐藤家の生活レベルを考えると、彼らと吊り合うのは、学歴が高く、収入も高く、容姿もそれなりで、車も家も持っているような友達だろうから、100万くらいはするだろう。
 譲治はフリーターで満足な収入もないため、もちろん友達は1人もいない。本当なら隣の家から1人わけてほしいところだった。
そもそも佐藤家に友達が出入りしているところなど見たことがない。旦那はたまに遊んでストレスを発散すると言っていたが、嘘ではないだろうか。おそらくどこかのパーティに連れていって、自慢する時に使うくらいなのだろう。
 いまや友達を買うことは人生のステイタスだ。友達がたくさん多いと女にモテるし、そのために友達を買う人も多いと言う。飲み屋でよく友達の免許を見せびらかしている奴ががいるが、そういった光景を見ると譲治はぶん殴ってやりたい気持ちに駆られた。
 そんな譲治の気持ちもわからずに、テレビのCMでは相変わらず友達の広告がやっている。集合ポストにも友達購入のダイレクトメールがたっぷりと溜まっている。
 たまの休みがあると、譲治はウインドウショッピングのつもりでショップに入り、友達のカタログなどをぼんやりと羨ましそうに眺めてみる。しかし、店員は譲治が金を持ってなさそうだと思うからか、話しかけてはこない。
 たまに自分のように金の持ってなさそうな男が、同じようにカタログを眺めているのを見ると話しかけようかと思うこともある。だが、そういった知らない人に話しかける行為は法律で禁止されている。

 その昔、友達が自由に作ることができたことを、譲治が住む時代の人間は知らなかった。今からおよそ150年前、人々は仕事があまりに忙しくなり、友人関係というものが希薄の一途を辿った。そして、友達という言葉が半ば形骸化していた頃、社会ではストレスによる犯罪が多発していった。政府は様々な対策を講じたが、どれも焼け石に水だった。
 しかし、ある著名な歴史学者が、過去には友達という存在がストレスや鬱憤を発散していたという説を発表した。人々は薬を買い求めるような感覚で友達を作ろうとしたが、もはや彼らは友達の作り方を忘れていた。
 そこで登場したのが金儲けを目的とした業者だった。彼らは友達のディーラーとして人と人とを仲介する役割を果たした。
 しかし、これにはひとつ問題があった。過熱する価格の高騰により、ある一定の収入を得ている富裕層にしか友達は買えず、貧しい者は変わらずひとりで悩みを背負い込まなくてはならなくなった。
 たまに激安をうたった業者が現れることもあるが、これは信用性に欠けた。譲治も一度、中古で2万円という破格の友達を購入したことがあるが、暴力はふるうは、詐欺行為は働くはで大変だった。こういった激安業者による問題が頻繁に報じられたため、やはり友達を買うのにはある程度の価格が必要だということになり、激安業者は淘汰されて消滅していった。
「ダメよ、こっちは顔の割りに値段が高いわ。車を持ってないのが難点だけど、こっちの友達のほうがお買い得よ」
 隣の佐藤家からは、どの友達を選ぶかカタログをめくる声が聞こえてきた。譲治はそれを聞いて、身体の中に新しい仕事を探す気力が湧きあがってくるのを感じていた。
ここのところしばらく書いてなかった履歴書を書こう。そして面接を受け、正社員になるのだ。正社員になったら、最初のボーナスで友達を買おう。友達を買ったら、一緒に飲みに行ったり、自転車で川沿いを走ったり、プロ野球の結果を話したりしよう。この瞬間、譲治の未来は光り輝いていた。生きる希望に満ちていた。