ボクはこんなことに興味がある

「ええっと、はじめまして。練馬区から来た田沼ミノルと申します。最近、僕が興味ある作家と言えば宮部みゆきですね。最近、『模倣犯』と『理由』を読んだのですが、どちらも面白かったです。宮部みゆきを読んだことでミステリーに興味を持ったので、今度は京極夏彦とかにも挑戦したいですね。ミステリー以外の普通の文学としては、やはり村上春樹の『1Q84』ですね。これは僕、3巻は気合いを入れて発売日に買ったのですが、テレビカメラが入ってたので、もしかしたらニュースに顔が写っているかもしれません。ただ、『1Q84』を3巻まで読んでわかったのが、僕には村上春樹は少し合わないみたいです。若干ファンタジー入ってるというか、ちょっと現実離れしすぎていませんか? それよりも、自分にはもっと司馬遼太郎とか浅田次郎みたいな、現実に近い世界を描く作家のほうが合っているような気がします」
 ミノルはここで言葉を切り、再び話し始めた。
「あと、音楽は椎名林檎ですかね。彼女は東京事変というバンドをやっているんですが、新しいアルバム『スポーツ』っていうのを買ってみました。僕は前作のほうが好きなんですが、さすがだなと思いました。今、一番日本のロックで格好いいことをやっているのは彼らかもしれませんね。かといって、僕がロックばかり聴くかというと、そうではありません。けっこうダンスっぽいのも聴くんですよ。ケミカルブラザーズとかブンブンサテライツとか。かと思えば、アイドルみたいなJ-POPも聴きますね。上戸彩とか。だから、よく“どういう音楽聴くの?”って聴かれたら、“なんでも聴くよ”って答えようと思っているんですよ」
 ミノルはここで言葉を切り、再び話し始めた。
「映画も僕、けっこういろんなの観るんですよ。好きな監督は?って聞かれると迷いますね。これが一番聞かれて困る質問かもしれません。うーん、なんて答えるかなあ。やっぱりジェームズ・キャメロンかなあ。『アバター』は僕、映画館で3回観て、DVDでも2回観ましたからね。DVDは奮発してブルーレイで買ったので、映像は綺麗でしたよ。あー、こんなことを話していたら、また観たくなってきた。今日、家に帰ったらまた観ると思います。観すぎですか? 観すぎですかね? 同じ映画は何度も観たくなっちゃうタイプなんですよ。これまで観た回数で一番多いのは、『ホームアローン』で33回ですね。ちゃんと数えたんですよ。絶対将来、同じ映画で何回観たのが最高?っていう話題になることがあるかと思ったんで。だから、こうしてみなさんの前でカミングアウトすることができているんです。もう一度言いますね。『ホームアローン』は33回観ました。約2時間×33回として、66時間。僕は人生の約3日間を『ホームアローン』を観て過ごしていたことになりますね。そう考えると面白いなあ」
 ミノルはここでまた言葉を切り、周りを見渡した。六本木交差点を通る人々の足取りは速く、誰ひとりとミノルの話に耳を貸すものはいなかった。たまに実演販売やパフォーマンスの類かと思って立ち止まる者もいたが、その話の内容が自分の利益に全くならないことがわかると、人々は瞬時に立ち去った。現代人は他人の趣味に耳を傾けている時間などないのだ。
 ミノルはこの日、自分が話したかったことはだいたい話しつくした気がして、マイクをリュックにしまい、アンプを台車の上に置き、六本木交差点をあとにした。やっぱり六本木のような、人々が忙しそうなところはやめよう。六本木ならたくさんの人がいると思ったが、あれじゃ聞いてくれそうもない。東部練馬の駅前のほうが人の数は少ないが、何人か聞いてくれる人はいた。ミノルはそのあたりが今後の課題だなと思いながら、大江戸線に乗った。
 大江戸線に乗ったのは、帰りに新宿のタワーレコードに寄っていくためだった。ミノルは一日の間に一回はCD屋か本屋に寄らないとノイローゼになると自分で思っていた。今日は洋楽の新作の棚を攻めることにしよう。

 ミノルがこうして街頭で喋るようになったのは、2年前の6月3日のことだった。ミノルが音楽や本、映画などの娯楽に興味を持ち始めたのは中学1年生の頃だったが、この頃から彼には夢があった。誰かが自分の家に遊びに来た時に、本棚とCD棚を見せて「へえー、田沼くんってこういうの読んだり聴いたりするんだ。意外ー」と驚いてもらうことだった。そのためにミノルはCDと本が並ぶ配置を考え、ポスターとCDの趣味がかぶらないように丹念な配慮を行い、常に誰かに見られることを意識しながら自分の部屋をセルフプロデュースし続けた。しかし、そんな努力もむなしく、彼の家には誰も遊びに来ることはなかった。大学に入った時にひとり暮らしをし、さらに気合いを入れてプロデュースしたのちも誰も遊びに来なかった。
 彼には決定的な何かが欠けていたため、恋人はおろか友達というものがいなかった。その理由とは、彼自身は気付いていなかったが、人の話を聞くことが全くできないということだった。彼は自分が何に興味を持っているかには常に興味があるが、人が何に興味を持っているかは全く興味がないのだ。
 いつになっても家を訪れる親しい人間ができないことを不思議に思った彼は、手法を変えて、ブログで自分の部屋を世界に公開することにした。毎日彼は自分の本棚を写真に撮り、「司馬遼太郎五木寛之の棚の位置を変えました。理由は? 直感です(笑)。なんとなくそっちのほうがしっくり来るというか…」と仔細な報告をした。ブログのタイトルは「ボクはこんなことに興味がある」だった。
 しかし、ブログの訪問人数は一日ひとケタを記録し続けた。思ったよりも人が見ていないことにミノルは苛立った。そこでミノルは、このままではいけないと思い立ち、なけなしの金でマイクとアンプを買い、街頭に立って喋ることに決めたのだ。それが2年前の6月3日のことだった。
 あれからちょうど2年が経つが、この2年間ミノルの生活スタイルは徹底して変わっていない。深夜のコンビニのバイトからあがると、家に帰ってすぐに眠りにつく。そして昼頃に起き上がり、その日行く場所を決めると、マイクとアンプを持って自分の興味を話しに行く。帰りにはCD屋か本屋に寄る。映画を観たり、本を読んだり、音楽を聴いたりする時間が足りないのがミノルの悩みではあったが、彼は今、この生活がとても気に入っていた。こうして世界に向けて自分の興味があることを発信することが自分の生き甲斐だと思う。ミノルは今年39歳になるが、まだまだ身体が動く限りはこの生活を続けていくつもりだ。