5月はきっとやってくる

 ビル・マーレー主演のラブコメディ『恋はデジャ・ブ』という映画をご存知でしょうか。TVレポーターのフィルという男がペンシルバニア州にあるパンクスタウニーという小さな村を訪れるのですが、そこではなぜか毎朝目覚めると同じ日付のままになっている。こうしてタイムラビリンスに迷い込んだフィルは、同じ毎日が続くことにうんざりするものの、逆にこれを利用して女性プロデューサーのリタを口説く事を思いつき、毎日変化に富んだアプローチをするというものです。
 今、私の住む町ではこれと同じことが起こっています。毎日毎日同じ日付というわけではありませんが、必ず4月のいずれかの日なのです。たとえば昨日起きてみると4月15日でした。その前の日は4月3日でした。その前の前の日は4月30日でした。この町の外では、世間はとっくに6月に入っていると聞きます。あなたの住む町ではもう梅雨で重たくなった空が見られるのでしょうか。
 これまでも町の外に救出を求める連絡をしたことはありましたが、誰もが言うのが、ずっと4月で何が悪いんだい?ということでした。確かに4月は気候もいいし、桜は咲きっぱなしですので毎日花見ができるし、あなた方から見たらうらやましいことづくめなのでしょう。でも、春というものは1年のうちにほんの1ヵ月かそこらしかやってこないから気持ちいいのであって、毎日春だったらみんなうんざりしてしまいます。現に私の住むアパートの窓からも公園に咲く桜が見えますが、今ではもう誰も花見をしていません。
 それと、4月にはかの有名な行事、入学式が行われますよね。この町には合計12個の小学校や中学校、専門学校や大学、幼稚園や保育園などがあるのですが、朝目覚めて4月の上旬だった時には、どこかで必ず入学式がやっておられます。最初はこの新鮮な行事を何度も体験できると、学生たちは大喜びで出席していました。しかし今となっては、顔見知りばかりになってしまったため、何の新鮮味もないからか誰も出席しません。一応、建前だけはと、校長先生が挨拶する声だけが空しく校庭や体育館に響き渡るだけです。
 学校関係者はこの状況をどうしていいかわからず、都会の教育委員会から視察を頼んだことがありました。しかし、彼らは数日間滞在するだけで、この町ののんびりした状況を見て、全然不便なことはないではないかと言って帰っていってしまいます。そりゃ、2日か3日過ごしたくらいでは、この苦しみはわからないでしょう。私が勤めている会社の本社からも、何人か調査員が訪れましたが、彼らもまた一様に問題なしと報告しておりました。ひとりの調査員などは、5月病にならないだけ幸せだなどと、全く的外れなことを申しておりました。ここまで読んでいただいたら説明不要かとは思いますが、こんな4月漬けの日々を送っている私たちからしたら、5月病などは全然問題ではありません。
 この手紙を書いている今も、私たちが抱えている苦しみが伝わっているのか不安でなりません。だから読んでいる皆さんにお願いがあります。どうか、祈ってください。私たちの町に5月が来るようにと。ゴールデンウィークを過ごせるようにと。私は毎朝起きると、10回心の中で唱えます。5月はきっとやってくる、5月はきっとやってくると。