親知らずコレクター

 ノンフィクション作家の片平は新聞の片隅に気になるニュースを見つけるのが日課だ。面白い記事があったら、すぐに取材のアポをとり、誰も注目しないようなニュースから面白さを見つけ出す。こうして片平の名声は世に広まっていった。
 片平は先日、またその嗅覚を刺激する記事を発見した。それは「親知らず泥棒が出現?」という香川県のローカル紙に載っていた記事だった。記事はほんの数行だった。
「香川市の山本歯科で親知らず15人分が盗まれた。警察は容疑者と思われる服部真一(73)を逮捕。同市内の歯科では同様の被害が何件か起こっており、警察は関連性を調べている」
 片平は友人の結婚式の予定を蹴り、すぐに香川に向かった。
 山本歯科の院長は事件のことを全然気にしていないようだった。
「いいですよ。だって、誰も損していないんですから。うちでは親知らずの歯は1週間溜めておいて、そして捨てるんです。だから捨てる手間が省けましたね」
 被害にあった他の歯科の院長もみな同じようなことを言った。逮捕するのは酷すぎるんじゃないかという声もあった。
 片平は犯人と思われる服部真一に面会を試みた。そこにいたのはごくごく普通のおじいさんだった。
「あなたがやったんですか」
「そうじゃ、わしがやった」あっさりと認めた。
「なぜやりましたか」
「わしは親知らずのあの奇妙な匂いが好きなんじゃ。昔好きだった女が、親知らずの根元が化膿してての。結局、女には告白したんだが、フラれてしまい、女は別の男と結婚した。しかしな、その旦那は女の化膿した匂いに耐えられなくなって、何度も親知らずを抜くように言ったらしいんだ。それでも女は抜かなかった。男は女に愛想をつかし、2人は離婚した。わしはな、あの女のことが好きだったから、生涯独身を通したんじゃよ。だが、女の離婚した後の行方はつかめんかった。わしがこうして親知らずを盗んでいるのは、親知らずの奇特な匂いがあの女を思い出すのと、もしかしたら女が今になって親知らずを抜いている可能性もあるかもしれないじゃろ。あの女の親知らずだったら、わしは何万本、何億本ある中からでも当てることができる」
 片平はこの話を聞き、泣いた。そしてノンフィクション形式のラブストーリーを書いた。これを読んだ読者からすさまじい反響が起こり、結局服部真一は世論からの後押しを受けた釈放された。今では全国の歯科が、患者が持ち帰ることを拒否した親知らずは服部のところに送り届けているという。しかし、服部の初恋の相手の親知らずはいまだ見つかっていない。