息子の過ち

 鹿島笹雄が居間でゴロゴロしながらプロ野球中継を観ていると、妻の笹子がすごい剣幕で部屋に入ってきた。
「あなた、ちょっと聞いてちょうだい」笹子が息を整えながら言う。
「聞いてるよ。少しは落ち着いたらどうだ」
「ごめんなさいね。ちょっと驚いちゃったもんで。笹の進が現実の女の子と恋愛しているって言うのよ」
「何? 笹の進が…。ふうっふうっ」笹雄はあまりのショックで動悸が早くなるのを感じていた。「すぐにここに呼んできなさい。説教しないといけない」

 笹の進は高校2年生になるが、高校に入ってからはしばらく親と口を聞いていなかった。親からしてみれば中学まではいい子で、高校も進学校に入ったから心配はしていなかった。それがこの結末だ。笹の進は明らかに顔に不満を浮かべながら、父と母のいる居間のソファに座った。
「笹の進、おまえ現実の女の子と付き合っているって本当なのか」笹雄が口火を切る。鹿島家では父親の権力は絶対だった。
「ああ、本当だよ」
「あんなにアイドルのDVDとかを買い与えてきたのに、現実の女の子だなんて。おまえ頭がどうかしたんじゃないのか」
「そうよ、現実の女の子と付き合うと傷つくことも多いし、失恋のときはトラブルになるって言うし、それにお互い菌とかを交換することになるかもしれないじゃない」笹子はすでに興奮のあまり涙声だった。
「おまえのクラスに現実の女の子に興味がある男子はいるのか」笹雄が冷静な質問をした。
「いないよ」笹の進が答える。「異常な奴だと思われて、俺も彼女も壮絶なイジメにあってるよ」
「だろ? だったら、その女の子にも悪いから、すぐに関係を解消しなさい。今週の土曜日はモワモワンの映画が封切られるはずだから、父さんと一緒に行こう」
 モワモワンとは若者に一番人気のアイドルグループだった。男たちはみな、このアイドルグループの中から恋人を決め、彼女のために貢ぐのだった。
「モワモワンはもう飽きたんだ。それよりも現実の女性のほうがよっぽど刺激的だよ。思い通りに行かないことだって多いしさ」
「なんてことを、あなた」笹子がしなだれかかり、笹雄がそれを支えた。
「よし、じゃあちょっと待ってろ」
笹雄が押入れを開き、あるDVDをプレイヤーにセットした。
「それならこれはどうだ。父さんのとっておきのコレクションだ」
 そこにはキャンディーズピンクレディー山口百恵など、70〜80年代にかけて活躍したアイドルの映像が詰まっていた。笹雄はダメもとでこれを見せてみた。しかし、笹の進が一瞬輝くのがわかった。
「父さん、これ。誰だよ」
「父さんの時代に活躍したアイドルだ。よかったら、おまえにプレゼントしてやってもいいぞ」
「本当に? 俺たちの時代のアイドルよりずっと素敵じゃないか。モワモワンなんて目じゃないよ」
「ただし条件がある。その現実の女の子とは別れなさい。おまえの将来のためにならん」
 笹の進は迷ってから言った。「わかったよ。今メールする」笹の進は簡単に一言「別れよう」と書いて送信した。これで笹の進は道を踏み外さずにすんだわけだ。
 笹の進は今ではすっかり父親のアイドルDVDのコレクションに夢中になり、まっとうな人生を歩むことになった。笹雄も笹子もそれを見て、この先笹の進がバーチャルな恋愛を楽しんでいくのかと思うとホッとし、若かった頃が懐かしくなった。