暑い日は仕事しない

「今日は暑いので、一身上の都合によりお休みをいただきます。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません 幡ヶ谷」
 社内のメーリングリストにそんなメールを送信した後、幡ヶ谷は家の中でクーラーをかけながらゆっくり涼もうとしていた。右手には銀魂の単行本、左手にはコーラを持っていた。
 そこに電話がかかってきた。発信先を見ると、会社だった。何か手違いでもあっただろうか。
「幡ヶ谷、今のふざけたメール。ありゃなんだ」
 部長の声だった。幡ヶ谷は何が悪いのかわからず、その旨を述べた。
「もう少し長いほうがよかったですか」
「バカを言うな。暑いからという理由が、理由になってないと言うんだよ。しかも全然一身上の都合とは関係ないだろうが」
「暑いと頭の回転が悪くなるため、僕のようなシステムの開発をしているような仕事をしている者にとっては致命的なのです。僕は国語が得意ではないため、ついつい一身上の都合というフレーズをつけてしまいましたが、その辺は大目に見てください。そんな小さなミスを補って余りあるほどの貢献を私はしているつもりですが」
 そうやって強気に出てみたが、部長には効き目がないようだった。
「入社3年目のペーペーが何を甘えたことをぬかしてるんだ。暑いなんてのは理由にならん。今から這ってでも出て来い」

 こうして部長に説得された幡ヶ谷は、会社に行かなくてはならなくなった。照りつける日差しに耐えられなくなり、道端に何度か吐いてしまった。
 会社に着くと、部長が幡ヶ谷の顔を見て驚いた。顔色が悪いのだ。部長は怒鳴りたくなるのを抑えて、優しい言葉をかけた。
「おいおい、おまえ本当に暑いのが苦手なんじゃないのか」
「そうですね」
「だったらもっと早く言えよ。暑いから、なんて書くと、誰も遊んでると思うだろ。そこはそんなバカ正直に書く必要はないんだ。体調不良のため、と書いておけば誰も何も言わないんだ」
「ただ」
「だた、何だ。僕は嘘をつくのは地獄に行くことよりも悪いと教わって育ってきたので、嘘をつくことはできません。暑いから行けない。それはそれはシンプルなものなんです」
 幡ヶ谷がそこまで言うと、部長はしばらく考えている様子だった。
「よしわかった。おまえの場合だけ特例として認めさせてやるよ。今から社内に通達をする。我が部署の幡ヶ谷という男は体が弱いため、暑い日は会社に来れないとな。幡ヶ谷が“暑いから”とメールしてきた時は、体調が悪いからと同義だということをな」
「部長、ありがとうございます」
 こうして部長の取り計らいにより、幡ヶ谷は暑いからを口実に、何度も会社を休ませてもらった。もはや誰からも何も言われなかった。
 それから5年、部長が定年退職で去ることになった時、幡ヶ谷はなんと感謝していいのかわからずに、アイスノンを1年分送った。すると部長は、「ありがとうな。ただ俺はおまえみたいに暑がりじゃないから、こんなにいらないよ」と言って笑った。