サンシャインバター

 すっごく僕イチ押しの女優がいるんだ、嵯峨野マナコ。知ってる? 炭酸飲料とか消費者金融のCMとかに出てるあの子だよ。嵯峨野マナコのためなら僕なんでもするよ。文字通り、なんでもだ。嘘じゃない。誓ってもいい。
 嵯峨野マナコが出演した映画は全部ブルーレイで持ってるんだけど、一本だけ買ってないのがある。『サンシャインバター』だ。この映画はあんまりヒットしなかったから知らない人が多いだろう。もし知らないなら、そのまま知らなくていいよ。だって、この世に生まれる価値もないゴミ映画なんだからな。
 でも一応、不本意ながらもストーリーを説明しておこうか。タイトルのサンシャインバターってのはね、マナコ演じる主人公・水谷佐々江の大好物なんだ。サンシャインバターってのは映画の中に出てくる大ヒット商品だ。フライパンに乗せたり、トーストに乗せたりすると、まるで日光のようにキラキラと光るっていうので、サンシャインバターって呼ばれているんだよ。
 佐々江はこのバターを朝も晩も使っていてね。キラキラ光るのを見るのを楽しみに生きているんだ。それがある日、このキラキラを見ると、目が霞むのがわかった。おかしいな?と思ってまたバターを使うと、また目が霞むんだ。佐々江はサンシャインバターを製造している会社「バターシャ」に電話をした。すると、担当者はこう言うんだ。
「申し訳ありません。ただいま会社の電話がひっきりなしに鳴っているんですが、サンシャインバターの輝きには人の目を刺激する作用があることがわかりました。つまりは本当の日光と同じような影響を及ぼすため、長時間見たり、毎日見たりしていると、明らかに視力にダメージを与えるのです。これから出荷する商品にはそのような注意書きを載せますから、どうぞお気をつけてお使い下さい」
 その数日後、テレビのCMでもサンシャインバターについてのお詫びが放送された。この会社はバターの輝きを日光に近づけたいと思うがあまり、紫外線を入れてしまったんだな。でも味には全く問題がないので、調理の際はなるべくバターを見ないようにしてくださいとCMでは言っていた。マスコミはさんざん販売中止にしろと騒ぎたてたんだけどさ、このバターシャ社っていうのがサンシャインバターしかヒット商品がなくって、社長が有名政治家の息子なんだよね。だから結局発売され続けてさ、消費者も味は好きだからって言うんで買い続けたんだ。シャレだから何だか知らないけどさ、サンシャインバター用のサングラスっていうのも発売されてさ、バターのコーナーに置いてあって、これを買ってく主婦もいるんだよ。変な映画だなあって思ったね。
 でもさ、ここからの展開が実に変なんだ。主人公の佐々江はこのサンシャインバターの輝きを見ることだけを生きがいに生きてきた。彼女は仕事はクビになるわ、夫には逃げられるわで、いいことないんだよ。不幸な役でさ。それで、世間はバターを見るのを避けてたんだけど、佐々江は「絶対に私は見続けるの!」って言って、目が痛むのを我慢してバターのキラキラを見続けるんだよ。このシーンが映画の中の一番のクライマックスになるのかな。
 でもさ、佐々江はそのまま失明してしまうんだ。失明したことでもうバターの輝きを見ることができなくなってしまい、彼女はこの世に生きる未練がないということで自分の命を絶つことを考えるんだな。窓を密閉して、ガスの元栓を開く。すると、ドアをノックする音が聞こえるんだよ。「佐々江さん、水谷佐々江さん!」ってね。
 めったに客なんて来ない家だから、佐々江は驚いてドアを開けた。そこにはスーツの姿の男性が立っていた。彼はバターシャ社の人間だった。彼は佐々江の隣に住んでいて、いつも佐々江の家から漂ってくるバターの香りを嗅いで、自分の仕事に誇りを持つようにしていた。しかしこの日は珍しくバターの香りがなく、嫌な予感がした男は窓に顔を近づけた。すると、中からかすかにガスの匂いがして、思わずドアをノックしていたというわけだ。
 男は庄司光永と名乗った。庄司に全てを話した佐々江の目には涙が止まらなかった。庄司はすぐさま会社の人事部に電話した。庄司は人事部の部長なのだ。そのまま佐々江の入社を決めさせ、彼女にサンシャインバターの輝きのプロデュースをしてもらうことになった。
 佐々江は言う。「だって私の目はもう見えないのよ。私には何もできないわ」
 庄司は言う。「キミの心の中にサンシャインバターの輝きは常にある。何があってもその輝きが消えることはないさ」
 こうして佐々江は目が見えないながらも、サンシャインバターの光を改良し、ついには紫外線なしで本当に太陽と同じような光を出すことに成功した。サンシャインバターを使う時、もう誰も目をそむけなくてもよくなったんだ。サンシャインバターは売り上げを完全に回復し、佐々江は会社の救世主として永遠に語り継がれることになった。そして、佐々江は庄司と再婚し、幸せな家庭を築いたというわけだ。
 どうだい? とても変な映画だろう。僕がこの映画のブルーレイを買わないわけがキミもわかるだろう。カルト映画のファンたちはこの映画を名作として挙げているらしいが、僕は絶対に認めない。認めたら嵯峨野マナコがカルト女優ってことを認めることになるからな。マナコはスターなんだ。メジャー映画にしかそぐわない永遠のスターなんだ。