カナダはずるくない

 山本新五郎というものすごく日本的な名前なのにもかかわらず、その男は欧米人のような顔立ちをしていた。その男はやがてカナダというあだ名をつけられるようになった。カナダはとにかくよくモテた。女性たちはバレンタインデーになると、カナダの家の前に行列を作った。
 カナダと同じ学年の男たちは、カナダの顔が生まれつきカッコイイからモテるのであって、それはずるいという見解で一致した。やがてカナダはずるい奴というレッテルが貼られるようになった。カナダはこれを嫌がった。特にずるいことは何もしていないのに、そんなあだ名を言われる筋合いはないと。
 しかし男の嫉妬はすさまじく、カナダのいないところでの陰口の持ち上がり方はすごかった。カナダが体育の授業中にこっそり水を飲もうものなら、「ずるいカナダがずるいことやってるぞ!」と言って大騒ぎになった。他にもこっそり飲んでいる者はいたというのに。

 カナダと同じクラスで学年で一番モテないと言われる安田公平も、カナダずるい説を頑なに信じていたうちの1人だ。自分がモテないのはルックスのせいで、カナダをあんなに見栄えのいいルックスを与えた神様を恨んだ。そうすることで、自分がモテないことを正当化することができた。
 しかし、ある日を境に、安田のカナダに対する印象は180度変わってしまった。安田が塾の居残り勉強で遅くなった帰りに公園の横を通った時にことだった。ブランコに座りながら一心不乱にメールを打っている男がいた。その打ち方があまりに鬼気迫るものだったから、襲われないようにさっさと立ち去ろうとしたが、ちらりと横顔を見ると、それはカナダだった。しかも、カナダは昼間学校で見るとアシュトン・カッチャーのように綺麗な顔をしているのに、この時は『ハリーポッター』のヴォルデモート卿のように歪んだ醜い顔をしていて、よく見ると口から血を流していた。どうやら奥歯や下唇をギリギリと噛みながらメールをしているうちに流血してしまったようだ。カナダは近くに安田がいることにも気付かず、「持田曜子ちゃん、送信完了。虹野薫子ちゃん、送信完了。宍戸順ちゃん、送信完了」とブツブツとつぶやいていた。メールを操る指の動きは目に見えないほど速く、あれくらいのペースだったら1日1000通以上は送信しているに違いない。安田はその光景を見て、なぜカナダがあんなにモテていたのか全てを悟った。カナダはルックスでモテていたわけではなく、あらゆる女子に陰でせっせとマメなメールを送ることで女子たちのハートをつかんでいたのだ。
 安田は自分が恥ずかしくなった。何も努力もしないで、自分の運命を嘆いていた俺はなんてバカなんだろう。奴は寝る間も惜しんで、努力に努力を重ねることで、このモテ男の地位をもぎとったのだ。明日からは自分も女子のメールアドレスを一生懸命収集して、マメなメールを送るようにしよう。「なんか眠いなー」「朝、オムレツ食べた」「今日、寒くない?」とか、どうでもいい内容のメールを。
 そしてカナダをずるいと言って批判していた男たちに向かって説明しなくてはならない。カナダは何もずるくない。ずるいのはむしろ、自分がなぜモテないのかを検証しようとしない俺たちのほうだと。