8Q84

 2009年5月に発売されベストセラーになったある小説をご存知だろうか。わたしはその小説を読んですごく感銘を受けた。とてもおもしろかった。感激した。不思議だった。さすがは何十万部も売れたベストセラーは人の心を打つ力があると思った。作者はきっと想像力がある人に違いない。
 しかし、わたしは子供の頃から負けず嫌いとして隣町でも有名だったほどだ。こんな面白い世界を見せられて黙っているわけにはいかない。もしここで沈黙しようものなら、きっとこの先、就職も結婚もできないだろう。
 わたしはなんとか対抗しようと、ノートとペンを買い、頭を悩ませた。やはり小説に対抗するには小説しかないだろう。ひとつ不安だったのは、わたしは小説と言うものを書いたことがないことだ。
 それから5時間悩んだ挙句、タイトルを『8Q84』にした。これは現在の約7000年後の世界を書いたもので、現在と全く違った世界が繰り広げられている。たとえば、インターネットは今以上に発達し、3Dテレビも普及している。もしかしたら食べ物は宇宙食のようなチューブになっているかもしれない。わたしはなんてすごいことを考えたんだと思い、筆を進めることにした。
 しかし筆は一向に進まない。わたしは自分の子孫を主人公にしようとした。名前はゴンタだ。この名前を思いついた時点で、この物語が面白いものになることを確信していた。
 だがそれでも筆は進まなかった。すると、『8Q84』という数字を見ているうちに、『4』が邪魔であることに気付いた。『8Q8』のほうが、文字の“すわり”がよくないだろうか? こうなると設定が未来から過去になることになり、プロットが180度変わってしまう。だが、今から1000年前のことを想像すると、物語がスラスラ書けそうな気がした。1000年前には、どのように食べ物を腐らせないでいられたのか? 手紙は何日くらいで相手のもとに届いたのか? などなど。わたしはこれで決まりだ!と意気込み、洗濯し忘れたTシャツをハチマキとして頭に強く結んだ。
 しかし世界が頭の中で広がっているのにもかかわらず、文章は1行も書けなかった。わかった。書き出しがわからないのだ。わたしは階下で台所仕事をしている母親に大声で「小説を書いているのだが、なにかいい書き出しはないか」と聞いた。すると母親はしばらく迷った挙句、「洗濯物が多くてそれどころじゃない」と言った。頭の中で何かが閃いた気がした。1000年前はどのようにして洗濯をしていたのだろう。これはきっと読者が興味をそそられるに違いない。書き出しからつかみはOKだ。これでわたしの勝ちは決まったようなものだった。
 しかし残酷なことに、「洗濯物が多くてそれどころじゃない」の後が出てこない。この言葉を言っている主語が誰なのか。まるで思いつかないのだ。
 一晩徹夜して熟考したため、体中を充実感が満たしていたが、小説は完成しなかった。わたしは少し手法を変えることを思いついた。小説が書けないならこの珠玉のアイデアを売ればいい。わたしは自分のこの思いつきに酔いそうになりながら、出版社に売るための企画書を書くことにした。ドラマ化したらそのお金で車を買うつもりだった。