ぜんぶ靴のせい

「その子、どんな靴履いてるんだ?」
「そんなの知るかよ。出たな、おまえの靴への異常なこだわりが。そんなことばっか言ってると、いつまで経っても彼女はできないぞ」
「うるせえな、大きなお世話だ」
 友人の創英が紹介してくれた女性は綺麗な人だった。しかし、どうしても洋服と靴がフィットしている感じがしなかったために話が盛り上がらず、後日創英を通じてお断りすることにした。創英は電話口で大声を出して怒っていた。
 だけど仕方がない。俺は靴しか見えないのだから。俺の家には60足ぐらい靴がある。もちろん全部が著名なブランドものだ。世間のみんなはたった3、4足でローテーションを回していると聞くが、そんなのは俺には信じられない。俺は給料のほとんどを靴に使う。家を出てから靴のチョイスを間違えたことに気付くと、どんな遠くにいても履き替えに帰るし、歩いている時に気に入った靴があれば即買いして履いて帰る。気に入った靴があれば、一日中眺めていることもある。だが、そのようなオシャレへのこだわりは女子には人気がないようで、飲み会の席で靴の話を熱弁している俺の姿を見ると、たいてい女子は俺に対しての興味を失うようだ。だって、靴のことしか頭にないのに、他にどんな話をしろって言うのだ?
 そんなある日、俺は道端でこれ以上ないほどに洋服と靴がフィットした女性に会った。女性はアディダスの黄色のスニーカーを履いており、色も模様も完璧だった。リュックとヘアピンなど全てのカラーをトータルコーディネートしているのも好感が持てる。俺はすぐに女性のあとを追いかけ、話しかけた。すると、相手も同じような周波数を持っていたようで、意気投合した俺たちは電話番号を交換し、すぐにご飯を食べに行く仲になった。
 俺にとっては久しぶりの恋だった。前回の恋はいつだったか、大学3年生の時、サークルで一番オシャレに気を遣っていた女の子にフラれたやつだ。
 今回の彼女はあの時のサークルの子よりもオシャレかもしれない。会うたびに彼女の靴は完璧だった。たまに同じ靴を履いてくることもあったので、おそらく持ち靴は15足くらいだろう。俺の感覚から言うと、少し少ない気もするが、それはこちらがプレゼントすればいい。
 彼女には俺が靴の話しかしないので、靴バカだということはとっくにバレていた。そして、俺の誕生日になると、彼女は俺に靴をくれた。俺はうれしさのあまり靴の紐がゆるみそうになるのをこらえて包みを開けた。するとそこには、見たこともないメーカーの靴が入っていた。俺は言葉を失った。彼女は言った。
「どう? 靴彦くん、その靴似合うかなと思って」
「これ、ど、ど、どこのメーカー?」
「え、わからない。メーカーなんてあるのかな。近所で売ってて思わず買っちゃったんだ」
「ない…、いくらなんでもこれはないよ」
 彼女は俺の言葉を聞いて、よく意味がわからないようだったので俺はもう一度はっきりした滑舌で言った。
「こんなマイナーな靴をくれるだなんてひどすぎる。失礼極まりない話だよ。おちょくってるのか? 俺が有名ブランドの靴しか履かないの知ってるくせに」
「知らないよ。そう言えば有名ブランドの靴が好きだなあって思ってたけど。でもブランドとか、そんなの関係なくない? 似合えばいいんだよ」
「君がそんな人だとは思わなかった。俺にとって、ブランドものの靴じゃない靴は靴じゃないんだよ…。ひどい、ひどすぎる。僕は君にヴィトンの靴をあげようと思ってたのに。もう二度と会うことはないだろう。さようなら」
 こうして彼女と別れ、その後は一度も会っていない。これが、僕の人生での唯一語れる恋愛の話だ。あの時、どこかのブランドの靴をくれてれば、少しは風向きが変わったのに。あの子はとてもいい子だったけど、そういうところが気が利かなかったので、そこさえ直せば付き合ってもいいかもしれない。