過保護でポン

 あれはまだ80年代後半のことだった。そういった卑猥な映像をビデオとかパソコンとかで観ることができない時代。権上圭太は母親の財布から小金をくすねることに成功したので、近所に住む1コ下の島原を誘ってそういった本が売っている自販機へと遠征することにした。
 島原に行き先は言わなかった。この男は極端に真面目な奴だから、言うとああだこうだと文句をつけてくるのではないかと思ったからだ。それなのになぜ誘ったかというと、1人で行く勇気がないからだ。もし同じ学校の奴に見つかったとしても、1人だったら変態と言われてしまうだろうが、2人いればバカな男子がまたやってるよと笑われて終わることができる。
 島原にはいいものを買ってやるとだけ言っておいた。奴はジュースや駄菓子を買ってもらえると思っているのか、「お腹がすいているから楽しみだなあ」と言っていた。しかし、そんな島原の上機嫌な様子も、駅裏のいかにもな裏通りに入ると一変する。
「どこ行くつもりなの? 僕このあたりは来ちゃダメだってお母さんからきつく言われているんだから」
「大丈夫だから心配するな」
 圭太がそう言い、2人がついに自販機の前に到着すると、島原はいきなり泣き出した。
「もしかして、圭太くん、こういう類のいけない本を買うつもりなの?」
「ああ、そうだよ」圭太は小銭を片手でチャリチャリと言わせながら、周りの目を気にしつつどの本を買おうかと考えた。
「ちょっと待ってくれよ。僕たち何歳だと思ってるの? まだ小学生じゃないか。こんな本を買う資格なんかない!」
「何言ってるんだよ。大きな声出すなよ。早く買って早く帰るぞ」
「わかった。君が本当に買うつもりだったら、10円貸してくれ」
「10円? いいけど、何に使うんだよ」
「いいから」
 そう言って圭太から10円を奪うと、島原は横にある公衆電話に入れ、手慣れた手つきで番号を回した。
「もしもしお母さん? 僕だけど、今から女の人の裸が載っている本を買ってもいいかな?」
 こいつ何を言っているんだ。圭太はあわてたが、ここまで来て引き返すわけには行かない。早くどの本を買うか決めて、とっととずらかろうと決めていた。
「うん。どんな本かは僕もよくわからないよ。ただ裸が載っているってことしか。僕は裸には興味はないよ。え? 興味がないならダメ? わかった。じゃあ、買わないね」
 そう言って、あっさりと島原は電話を切った。
「お母さんがダメって言っているから僕は買わない。じゃあ帰るね」
 島原がそう言って立ち去ろうとするのを、圭太は押さえつけて言った。
「ちょっと待て。なんか腹が立ってきた。おまえはお母さんの人形じゃないだろ? おまえはどう思うんだ? こういう本を読みたくないのか?」
「お母さんがダメって言ってるから」
「お母さんがダメじゃなくて、おまえ自身は読みたくないのか?」
「わからないよ。お母さんがいいって言うなら読むけど」
「よしわかった。俺が無理にでも読ませてやる」
 圭太は自販機の一番近いところにあったボタンを押し、出てきた本を島原の顔を押さえつけて読ませた。
「どうだ? 面白いだろ? ああん」
「やめろ。やめろ」最初はそう言って抵抗していたが、次第にその面白さがわかったのか、黙って読み始めた。「圭太くん。この本すごく面白いね」
「だろ? 男はそういう本を読んで大人になっていくんだ」
「お母さんにもう一度報告していいかな? また10円貸してくれる?」
 圭太が10円を渡すと、島原は本の内容を逐一報告し始めた。
「うん、次は22ページね。このページでは女の人がOLの格好をして机の上に寝そべっているね。そうそう、さっきの21ページと同じ女の人」
 ひと通り報告し終わると島原は電話を切り、そして言った。
「お母さんも面白そうだって言ってたよ。それならいくらでもお金を出すから買ってきなさいって」
 こうして圭太は島原を連れて何度も自販機に行き、島原が母親からもらったお金で本を購入した。一度は島原の母親が同行したこともあった。島原の母親は島原が食い入るように自販機を見つめながらどの本を買おうかとしているのを見ると、うれしそうに目を細めた。そして、圭太に「息子が夢中になれることを見つけてくれてありがとう」と礼を言った。