レインボーかつら

 道を歩けば、他の男たちの頭に目が行ってしまう。彼らの頭にはみんな、フサフサと毛が生えている。色を抜き、接着剤のような整髪量を塗りたくり、日焼けするのも厭わない。そんな髪の毛にとって悪いと思えることを平気でできるのは、その寿命は永遠に続くものだと思っているからに違いない。
 以前は自分でもそう考えていた時代があり、脱色したりしたこともあった。しかし、今タイムマシンであの時代に戻れるならば絶対にそんなことはしない。ワカメを食べて、ヘッドマッサージを施して、睡眠時間をよくとって、ストレスを溜めないようにして、一日でも長く髪の毛の寿命を伸ばすだけだ。
 髪の毛が抜けはじめたのは24歳の頃だった。周りからは若ハゲと言ってからかわれ、彼女ができる気配は全くなくなった。そして29歳になった今、新しい人生を手に入れるために、ついにかつら屋に入ることにした。
 かつら屋の中は暗く、他には誰も客がいないようだった。
「すみません。誰かいませんか」
 すると、中から辛気臭い男性の声が聞こえる。
「はい、今行きますよ」
 男性は私の頭部を見るやいなや、こう言った。「お客様にぴったりの商品がありますよ」そして奥の部屋へと引っ込み、白いヘルメットのようなものを持って戻ってきた。
「これですよ。レインボーかつら。これをかぶれば、どんな髪型にも思い通りになります」
「思い通りに? ということは『ハンサムスーツ』みたいなものですか」
「そうですね。あの映画は実は、このレインボーかつらがネタ元なんですよ。知ってましたか?」
「そうなんですか。あんなにモテモテの人生を送れるなら、ぜひ買いたいです。いくらですか?」
「500円でいいですよ」
「そんな安いんですか。買います!」
「ありがとうございます。これであなたもモテモテになるかもしれませんよ…」

 レインボーかつらを買ってからというものは、自分の薄毛を気にすることなく、あらゆる盛り場へと出かけていくようにした。
 まず一番最初に行ったのが、ハードロックのライブだった。私は昔からハードロックが好きだった。しかし、子供の頃は親が厳しかったのと、大人になってからも薄毛になってしまったので、伸ばすことができなかった。憧れのイナフ・ズナフのライブに行き、長髪パーマにして頭を振りまくった時は心の底から感動した。
 続いて憧れの裏原宿へとも足を運んでみた。髪の毛はピンク色にした。すると、オシャレな格好の店員が自分の頭部に一瞥をくれ、愛想のいい声で出迎えてくれた。
 それから相撲部屋に行き、ちょんまげを結った。退廃的なパーマ姿で新宿ゴールデン街で酒を飲んだ。髪の毛を直角におっ立ててハードコアのライブにも行った。紫色の髪にしてコミケにも出かけた。普通の七三っぽい頭で不動産にも寄った。今風の無造作ヘアで合コンにも行った。
 しかし、それだけオールマイティで自由自在な髪型をしているにもかかわらず、恋愛的な状況は一向に変わらず、モテなかった。私はなぜなんだろうと思い、かつら屋に再び行き、クレームをつけることにした。
「このかつらをかぶっても全然モテなかったじゃないですか。約束破りだ。500円を返金してくれ」
「私はモテるかもしれまんよ。としか言っていませんよ。やはりモテるかモテないかは自分の中身次第です。かつらはあくまでもその後押しでしかありません」
 もっともな意見だった。私は礼を言い、かつらを置き、店を去った。
 それからと言うもの、私は自分の髪の毛が薄いことと自虐的なネタにし、女の子を笑わせることができるように努力することにした。何かの雑誌に、「自虐的なネタがさらりと言える男はモテる!」と書いてあったからだった。すると見る見るうちに女性からモテはじめ、ついに私にも彼女ができた。私はあれから何度か、かつら屋の前を通るが、そのたびに礼を言いに立ち寄ることにしている。先日は昔の自分のような薄毛の若者がレインボーかつらを買うところに出くわした。私はうれしそうに走って去っていくその後ろ姿を、まるで若い頃の自分を見ているような気分で目を細めながら見守った。