フジロックには行かせない2

 フジロックに行き、心身ともにリフレッシュすることができた。しかし、その後が大変だった。
僕の会社はCDの通販などを細々とやっている会社で、仮にも音楽業界の端くれである。それならば、インビテーションの1枚や2枚もらえそうなものじゃないかとよく友人から聞かれるが、うちの会社にはそんな力もコネもない。僕は安い給料をセコセコと貯金し、やっとこさ3日券を買える余裕ができたのだった。
 うちの会社は土日出勤が基本なので、金土日の3日間有給休暇をとらなくてはならず、社長にその旨を提出した。すると、社長はとんでもないことを要求してきたのだ。
「3日間も休暇をとってフジロックに行くなら、報告書を提出しろ」
「報告書とは何ですか?」
「レポートだ。それを書かないならフジロックには行かせない」
「わかりました。頑張って書きます」
 社長はもともと音楽にうるさい人間で、今の会社を立ち上げた時も自分が音楽業界を変えるんだと意気込んでいたそうだ。しかし、結局はうまくいかず、今のような小さな会社の規模で存続させていくのが精一杯の状況である。それゆえ、普段の鬱憤を解消したいのか、音楽話にはものすごく熱くなるのだ。だから若者たちは、社長の前でロックの話は絶対にしないようにしていた。
 僕はレポートを提出しろと言われた時、失敗したと思った。社長の前でフジロックという言葉を出そうものなら、いろいろと言われるに決まっているのだ。ただ僕はこの会社に入ってからフジロックは初めてなので、そこまで思いが及ばなかったのだ。

 こうしてフジロックから帰ってきた僕は月曜の朝から報告書作りに時間を割き、5時間かかった末にようやく稚拙なレポートが完成した。それを社長に提出すると、社長が待ってましたとばかりに赤ペンで修正を入れ始め、いきなり大きな声で僕に罵声を浴びせた。
「なんだこれは!」
 社内にいる者の誰もが震え上がり、僕は社長の席の前へと立った。
「おまえ、ロキシー・ミュージックを観なかったというのか!」
「はい、でも2曲ほどは観ましたが…」
「そんなのは観たうちに入らん! ロキシー・ミュージックを観ないで、何がロックだ。おまえの行ってきたのはフジロックじゃないよ。ただのフジだ!! おまえはフジロッカーじゃなくて、ただのフジャーだ!!」と社長はわけのわからない理由を言って責め、その後も僕のレポートにケチをつけだした、「第一、おまえの観てきたバンドのリストは何だ。ヴァンパイア・ウィークエンドとかイェーセイヤーとかマット&キムとかダーティ・プロジェクターズとか、そんなポッと出の新しいバンドばかりじゃないか」
「そうですけど…。報告者にも書きましたが、彼らのライブは素晴らしかったですよ」
「そんなこと言ってるんじゃないよ。こいつらは所詮アルバム2,3枚で消えるような連中ばかりだ。もしも10年後までフジロックが続いてたとしてもだな、こいつらが出演するようなことは絶対にない。賭けてもいいぞ。バンドには2種類あってな、数年で消えるバンドと、30年経っても残るバンドしかないんだよ。だから、何度も言うが、おまえの観てきたのはフジロックじゃない。フジだ」
 そこまで言われて、僕は黙っていられなくなった。僕だってロキシー・ミュージックのライブは観てきた。どうせ観なかったというと、社長から罵倒されるのがわかっていたからだ。
「社長、お言葉を返すようですが、ロキシー・ミュージックは僕の心には何も響かなかったんです。もし響いていたら最後までグリーンステージにいて、HOTEIが出るのも観られたことでしょう。でも、僕にとってはそこまでのアクトではなかった。それだけなんです」
 そこまで僕が説明すると、社長はあっけにとられたような顔をした。僕がまさか反論するとは思っていなかったに違いない。そしてしばしの沈黙の後、こう言った。
「おまえ、誰に向かってものを言ってるんだ。おまえに有給休暇を与えてやっているのはこの俺だぞ。フジロックに行ってロキシー・ミュージックを観ないような社員にやる給料はない! とっとと出て行け!」
 こうして僕は会社をクビになった。その後、仕事探しをずっとしているが、まだ見つかっていない。あの時のフジロックロキシーミュージックを見ておくか、社長から責められたときに素直に謝罪しておけば会社に残れたかもしれないと思うと、少し後悔すると思うこともあるが、過ぎたことはどうしようもないのだ。