エアうがい選手権

 サマーソニックの2日目、スティーヴィー・ワンダーのライブで感動を味わい、そこからピクシーズのライブにダッシュで行き、あたたかい気分で海浜幕張駅まで向かっていた時、おかしな出店のようなものを見つけた。人通りの少ない道端で男性が大きな模造紙を広げており、そこには「エアうがい選手権」と書いてある。
 気になって話しかけてみると、鹿取と名乗る男性は言った、「新型インフルエンザなどの病魔から人類を守るために何か活動がしたいと思い立ち上がったんです。サマーソニックならエアギターとかやっているから、こういったエアものに寛容な人がたくさんいるかと思い、昨日からずっといるのですが、誰も話しかけてくれなくて困ってるんです」
 そりゃあそうだろう。いくらサマソニに来ているノリのいい若者とは言え、エアうがいはあまりになじみがなさすぎて避けてしまうに違いない。それと、なぜわざわざ人通りのない場所を選んでいるのかもわからなかった。
「場所が悪いんじゃないですか。もっとあっちの人通りの多いところでやればいいのに」
「それはちょっと恥ずかしくて。これくらいの規模のほうが僕には合ってるんです」
「わかりました。ここでしばらく待って、一緒に勧誘しましょう」
 なかなか粒揃いのライブを見ることができて上機嫌だった私は彼に協力することにした。それに、この日は一人で来ていたからライブの感想を話す相手も欲しかったのだ。
「今日、いいライブいっぱい観ましたよ。ケイナーンとか最高でしたけどね」
「へえー、そうなんですか。しかし、人来ないですね」鹿取は音楽にはまるで興味がないようで、私は失敗したと思った。この後しばらく一緒にいて、適当に終電がないからと言って帰ることにしよう。
 すると、そんな私の思惑とは裏腹に、イキのよさそうな若者4人組が酔っ払いながら話しかけてきた。
「エアうがい? ヤバい! 超おもしろそう!」
「あ、ぜひ参加してみませんか?」
 鹿取が勧誘し、4人組がそれを快諾した。鹿取がルールを説明する。なぜか私も参加することになった。
「ここにお集まりいただいた5人のみなさんで、水を一切使わないでリアルなうがいをしてください。見ているだけで、うがいが楽しくなるようなものが理想です。ゆくゆくは優勝者の映像をイベント会社や広告代理店に持ち込んで、うがい推奨のCMをとってくるつもりです。その際にはぜひとも本人様に出演してもらいます」
「ヒューヒュー! CMだってよ。よくわからないけど、すげえなあ」4人組の中の小島よしお似の男が囃し立てる。
「審査員が私が務めます。私がもっともリアルだと思った人が優勝です。ではいきます。用意スタート!」
 鹿取の合図で4人が一斉にエアうがいをした。ガラガラ、ブクブクと音を立てるものもいれば、静かに口だけを動かすものもいる。私はその中間といった位置にいた。
「はい終了! それでは結果を発表します」
 鹿取が改まって言い、四畳半ほどの小さな会場には緊張感が漂った。
「優勝者は、あなた!」
 鹿取が4人組の中の古田敦也似の男を指差す。その男は私から見ても、やる気がなさそうなのはミエミエで、私としては少々心外だった。半分半分くらいの確率で自分が選ばれるのではないかという思いを抱いていたからだ。
 古田は明らかにうれしそうではない様子だった。
「なんか賞品とかないんですか?」
「ないです。今夜の栄誉を心にしまって、今日はお帰りください。みなさんの競技の模様は先ほど携帯のカメラで録画させてもらいました。もしCMがとってこれた場脚には連絡しますので、Eメールのアドレスを教えてください」
 古田が鹿取に名詞のようなものを渡した。
「これ会社のアドレスなんで、夜中はメールできないかもしれません」
「わかりました」
 こうして私のエアうがい選手権は終わりを告げた。私はその後も後悔の念がこみ上げてきたので、来年まで1年みっちりと練習し、来年のサマソニでは優勝させてもらおうと決意を新たにした。