メロコア刑事

「おいメロコア、これから荻窪事件の張り込みに行ってくれないか」
 部長がメロコアに聞いてきた。メロコアの本名は勝長林光臨太郎(かつながばやし・こうりんたろう)と言うのだが、誰も本名では呼ばない。名前が異常に長くて言いにくいのはもちろん、彼があまりにメロコア狂なのを知っているからだ。
「すいません、今日はライブがあって…。その後だったら行けますけど」
 メロコアがすまなそうに言うと、部長は笑った。
「そうかそうか。今日もまた発散してこいよ。おまえが事件を解決してくれるのを期待しているからな」
 メロコアはそのまま杉並署から西荻窪のライブハウス「ターニング」へと向かった。メロコアは誰も知らないようなアマチュアバンドをやっており、月に2、3回ほどライブをする。なぜ仕事の合間にライブをすることが許されているかと言うと、彼は杉並署の中でも圧倒的な犯人検挙率を誇るからだ。ライブと言っても大抵知り合いのバンドの企画に呼ばれて演奏するくらいだが、メロコアにとってはこの時間がなくては仕事などやってやれない。
 メロコアのバンドの名前は「スカイラブ・ハイゲイン」と言い、ジャンルはメロコアど真ん中だった。メロコアはヴォーカル&ギターで、全曲を作詞作曲していた。この日のイベントはライブハウス界ではそこそこ人気のバンドだったので客の入りもよく、気持ちよくライブを行うことができた。メロコアは普段は小心者だが、ステージの上では別人のようにはっちゃけることができる。
 ライブが終わると、メンバー同士で居酒屋で一杯やり、張り込みの現場に向かった。別れ際、メンバーたちが「また仕事か。大変だな」と声をかけ、次のスタジオ練習で会う約束をする。
 張りこみの車にギターを抱えたまま乗り、先輩の中澤に挨拶をした。中澤はお笑い芸人のふかわりょうによく似たイケメンだった。
「すいません。遅くなりました」
「おう、またライブか。いいなあ。仕事ができる奴は自由が許されて。俺なんて今月は全然山登りできていないよ」
「中澤さん、山登りが趣味なんでしたっけ」
「ああ。大学時代にはエベレストに登ったこともあったんだぜ。おっ、見ろよ。堂島だ」
 中澤が声のトーンを落とした。メロコアがマンションの入り口を見ると、タクシーから堂島が降りてきたところだった。
「あいつ、いい度胸してるよな。ここで俺たちが張り込みをしてるのも知ってるんだぜ」
 荻窪事件とは巨額の詐欺事件で、2億円を横領したと思われる会社員・堂島寛治に容疑がかかっていた。警察は堂島の犯行をほぼ確実なものと見なしていたが、奴は尻尾をつかませずにのらりくらりと尋問をかわしていた。
「今夜は朝までかかりそうだな。俺が眠りに落ちたら、後は頼むぜ。ずいぶん楽しんできたんだろうからな」
 中澤がそう言ってタバコに火をつけた瞬間、メロコアの頭の中に何かがよぎった。
「ちょっと待って下さい。CDかけてもいいですか?」
 その瞬間、中澤が真剣な表情になった。
「その顔は、何か閃いたんだな。CDは持ってるのか?」
「はい。こんなこともあるかと思って」
 そう言ってメロコアはCDをジャケットの胸ポケットから取り出した。そこにはトウモロコシの絵が書かれてあった。
「バッド・ブレインズです。先輩、ご存知ですか?」
「いいや、知らないよ。俺はR&Bしか聴かねえんだ。それにしてもおかしなジャケットだな」
 メロコアがカーステの中にCDを入れ、プレイボタンを押す。爆音でイントロが流れ、中澤は耳をふさいだ。車内は疾走感あるサウンドと美しいメロディが満たされ、メロコアの頭の中にはグルグルとアイデアが湧いてきた。
「わかった、わかったぞ。この感じ。このギター。僕の中で何かが渦巻いてます。見えるんです、堂島の金の隠し場所が。堂島は確か離婚してましたよね? あの元妻の家に膨大な金があるのが見えます!」
「元妻か! それはノーマークだったな。今から車飛ばしていくぞ!」
 メロコアと中澤は堂島の元妻のところに行き、元妻に横領の事実を吐かせ、事件は解決した。 

 翌月、日本全国の警察の幹部たちが集まる集会で、メロコアの表彰が行われた。この荻窪事件などの解決が高く評価されたからだった。メロコアに同行した杉並署長はメロコアをこう紹介した。
「勝長林くんが、あのうるさい音楽をいちいち流すのは耳障りではありますが、優秀な刑事であることは事実です」
 これを聞いた警察幹部たちは失笑を漏らした。確かに、鼻と耳にピアスをした小柄な青年がそこまで優秀なようには見えないからだ。
「それでは、勝長林さんに一言いただきましょうか」
 司会の女性が言い、メロコアが壇上にあがった。メロコアはとても気が小さいため、何を話していいかわからなかった。あまりに沈黙が続き、会場がざわつきだしたものだから、杉並署長が助け舟を出した。
「気のきいた言葉なんて言わなくていいんだよ。ここに集まった人間をおまえのバンドの客だと思えばいいだろ」
 そう言われてホッとしたメロコアは自分のバンド「スカイラブ・ハイゲイン」の中でも一番人気がある曲「サターン」を歌うことにした。
「それでは、今の気持ちを曲に乗せて歌いたいと思います」
 ギターもベースもドラムもそこにはなかったので、アカペラになってしまったが、メロコアは気持ちよくシャウトすることができた。「サターン」はメロディ重視で作った曲だから、アカペラでも問題ないと思っていたから、そこには何の不安もなかった。サビの「サターン、サッターン」の高音の部分はライブの時よりも上手に出ていたかもしれないと思い、メロコアは悦に入った。恍惚とした表情で歌うメロコアを見て、他の警察幹部たちはこの若者は一体何者なのだろうかと恐れおののいた。