弱点はうどん・そば

 実際に相対してみるとモジョンガーは思いのほか強かった。この日のためにタケルはキックボクシングを習っていたため、いくら練馬区を滅ぼした怪物だからと言っても、本気でやれば勝てると思っていた。しかし、タケルの渾身の右フックはよけられ、すね蹴りも全くヒットしなかった。
 タケルは援軍として来てくれていた永井さんに助けを呼んだ。
「永井さん、ヤバい! このままだと勝てそうにない! 最後の手段をとるしかなさそうだ!」
「わかった!」
 永井さんはカバンの中からスーパーの袋を取り出し、そのままタケルに向かって放り投げた。タケルは受け取り、中からうどんとそばがそれぞれ3袋1パックになったものを手にした。モジョンガーの視線が泳ぐ。タケルはその額を目がけて、うどんとそばをそれぞれ1パックごと投げた。一瞬モジョンガーはよけようとしたが、なにやら急に余裕めいた表情になり、黙って手で受け取った。
「何? もしかして、ただうどんとそばのパックを投げつけただけじゃダメなのか」
 モジョンガーの自身のホームページには弱点をうどん・そばとしか書いていなかった。それを見たタケルはてっきりうどんとそばを袋ごと投げつければ勝てると思っていたのだ。しかし、現実はそうではないようだった。
「永井さん、うどんとそばはそれだけですか?」
「はい!」
「じゃあ今すぐ、どこかのコンビニで買ってきてください。そしてお湯をかけて温かくなった状態でください」
「わかりました」
 永井さんは急いでコンビニへと向かった。モジョンガーの攻撃が激しくなり、タケルは傍線一方だった。正直もう逃げ出して、田舎のある鳥取県に帰りたかったが、このままだと練馬区どころか、杉並区と武蔵野市もなくなってしまう。
 モジョンガーの激しいパンチを顔面に受けて、気が遠くなってきた時、永井さんの声が聞こえた。
「タケルさん、コンビニでお湯をもらってきました。容器がなくて困ったのですが、店員さんにモジョンガーを倒すのに使いたいと言ったら、バックルームから使ってない丼を出してくれました」
 タケルは命からがらモジョンガーの攻撃をかわし、永井さんのほうへと走っていった。つゆをこぼさないように両手でうどんとそばの入った丼を受け取る。これで日本は救われるんだ。タケルはそう確信し、モジョンガーのほうへと走っていった。距離が縮まると、丼の中身をモジョンガーのほうに目がけてかける。モジョンガーの顔が恐怖にゆがむのが見える。うどんとそばが横殴りの雨のように宙を舞い、モジョンガーへと向かう。そしてモジョンガーの悲鳴が聞こえ、奴は地面へと崩れ落ちた。その屍の上にはうどんとそばが勝ち誇ったかのように絡まっていた。
 モジョンガーがやられたのを見て、どこから現れたのか、テレビカメラが永井さんとタケルのところにやってきた。
「モジョンガーをどうやってやっつけたんですか?」
「うどんとそばです」
「うどんとそば?」レポーターが何を言っているんだという顔で聞きなおす。
 タケルはイラついた声で答える。
「あなたたちはマスコミなのに、モジョンガーのホームページも見てないんですか? 彼は自分の弱点を公開していた。僕はそれをちゃんとチェックしていた。それだけです」
「そうなんですか。それにしても、なぜうどんとそばなんでしょう」
「それは僕にもわかりません」
「なぜモジョンガーは自分の弱点を載せていたんでしょう」
「それもわかりません。もしかしたら人間の常識が通用しないほど自己アピールが好きな生物なのかもしれない。それか、自分の本当の弱点を書くことで、裏の裏をかこうとしたのかもしれない。ほら、キャッチャーが同じコースに続けてボールを要求すると、次はそのコースはないだろうと思ってバッターがつい振ってしまったりするでしょう。まさか自分の本当の弱点を公開しているとは誰も思わないだろうと思ったのかもしれない」
「なるほど…。何にせよ、あなたは立派です! 人類の救世主じゃないですか?」
「いや、僕が救ったわけではありません。うどんとそばが救ったんです。僕に感謝するなら、うどんとそばに感謝してください」
 永井さんがタケルの言葉を聞き、横でうなづいた。レポーターはそこでインタビューを終わらせた。その様子を見ていた視聴者たちは、タケルの言葉通りにうどんとそばに感謝を述べ、毎年8月27日にはうどんとそばを食べる習慣がついた。