それゆけ! 胃太郎

 胃太郎はあまりに強靭な胃を持っていたため、学校ではいじめの標的とされた。何日も前の腐った食べ物を食べても、残った給食を5人前ほど食べても、全く腹を壊すことはなく、最初は面白がっていたクラスメイトたちも、次第に胃太郎のことが気味悪くなっていったからだ。
 胃太郎はよくゾンビというあだ名をつけられた。死体の肉を食べてもきっと生きていけるに違いないという皮肉を込めてのものだった。また、彼の名前が胃太郎というのも、いじめを助長させた。
そんなある日、胃太郎はあまりに自分がいじめられることに腹が立って、家に帰るやいなや、母親に不満をぶちまけた。
「お母さん、どうして僕の胃はこんなに丈夫なんだい。もっとひ弱な子に生んでくれたら、いじめられなくてすんだのに」
「病気するよりいいじゃない」
「そうだけどさ、もっと普通の身体に生まれたかったよ。しかもさ、名前も胃太郎なんて変な名前じゃないか。どうしてパパとママは僕にこんな名前をつけたのさ」
「そうね。そろそろあなたにも話をしなくてはならない時が来たようね」


 母が改まった顔をして語った話はこうだった。胃太郎の父方の祖父は胃が弱く、最後も胃の病気が原因でこの世を去っていた。胃太郎の父はその苦しむ姿を見ていたので、息子にはそんな思いをしてほしくなかったのだ。
「なあ美智子、俺はこの子に胃の強い子になってほしいんだ。あんなに辛い思いはさせたくないんだよ」
「じゃああなた、胃太郎でいいじゃない。胃が丈夫になるようにって」
「胃太郎か。それはいい! 胃太郎か。ウワハハハ」


 母の話を聞き、胃太郎は涙を流していた。
「そうだったのか。おじいちゃんはそんな辛い思いをしていたのか。よし、お母さん、僕頑張るよ。胃太郎の名前に負けないように、強い胃を持ち続ける。いじめなんてもう気にしないよ」
「それでこそ、うちの胃太郎よ。さあ、今日も外に遊びに行っておいで! 生水でも虫の屍骸でも何でも食べてらっしゃい!」
「うん、地球上の廃品を全て食べつくす勢いで出かけてくるよ」


 胃太郎はこの日、名前の由来を聞いてからというもの、いじめにくじけることはなかった。ただ、この時はまだ、胃太郎が地球を救うことになるとは誰も思わなかった。
 “それ”が地球にやってきたのは、2013年7月のことだった。謎の微生物があらゆる食べ物の中に混入し、これを食べたものが次々と病院に運ばれた。この微生物は地球上のものとは思えず、現人類の胃液ではとても消化できるものではなく、宇宙人からのテロではないかと騒がれた。
 しかし、胃太郎はそんな微生物などどこ吹く風で、今までどおり口に入るものなら何でも食べ続けた。その一方で微生物の被害は進行していき、胃太郎以外の人間はどんどん衰弱した。人類が滅びるのは時間の問題と思われていた。
 そんな時、NASAが胃太郎の噂を耳にし、アメリカの研究所に至急来るように連絡してきた。これを聞いた胃太郎の父と母は、すぐにアメリカに行くように言った。
「胃太郎、私たちのことはいいから、今すぐアメリカに行きなさい」
「だって、こんなに衰弱している父さんと母さんをほうっていけないよ」
「いいのよ、あなたの胃が人類を救うかもしれないんだから」
 胃太郎の家でこんな家族会議が行われていた頃、ピンポンベルが鳴った。胃太郎が出ると、そこにはクラスメイトが全員揃っていた。
「胃太郎、地球を救ってくれ!」
「胃太郎くん、あなたの胃の出番よ!」
「みんな…」
 胃太郎はみんなからの応援を意気に感じ、アメリカへと渡った。NASAは胃太郎の胃液や、その胃液が消化した排泄物を採取し、分析を重ね、ついに微生物への免疫力を持つ抗体を作ることに成功した。そう、胃太郎が地球を救ったのだ。
 こうして胃太郎はヒーローとなり、日本へ凱旋帰国した。成田空港には「胃太郎、ありがとう」と書かれた垂れ幕が掲げられた。胃太郎はクラスメイトの姿を見つけ、クラスメイトたちは「胃太郎、おまえのこといじめてごめんな」「俺たち、おまえの胃が怖かったんだよ」と言って謝った。そして胃太郎の目には、抗体を注射してすっかり元気そうになった父と母の姿が飛び込んできた。
「お父さん、お母さん!」
「胃太郎!」
「お父さんが僕に胃太郎ってつけなかったら、地球は救えなかったんだよ。ありがとう、ありがとう」
「いいや、私たちは名前をつけただけで、丈夫な胃を作り上げたのは君自身だ。それとね、もし君が胃太郎という名前に感謝したく思うなら、母さんから聞いたと思うけど、君に胃太郎と言う名前をつけようと思ったのは、僕のお父さん、つまり君のおじいちゃんが胃の病気で天国に行ったからなんだ。だから、おじいちゃんに感謝しようじゃないか」
「そうだね。ありがとう、天国のおじいちゃん!」