それ前にも言ってたじゃんメン

「それ前にも言ってたじゃん」
 安田に自信満々でそう言われると、自分がその話をしたのが初めてだったのか、2回目だったのかわからなくなる。大学生である自分たちは、たいして長い人生を生きていないため、持ちネタの面白い話なんてそうたくさんあるわけではない。ただ、とっておきの話をしたつもりでも、安田はすぐにこう言うから萎縮してしまうのだ。
 それはサークルに属する誰もが同じ意見だった。川内も権藤も高瀬も、みんな安田がその場にいる時にはより慎重になって話を進めた。面白い話をしようとしている者は浮き足立つ傾向にある。それをここぞとばかりに話の腰を折る安田は、何よりもうれしそうに見えた。
 しかしそんなある日のことだった。安田の権力の隆盛ぶりを全てチャラにするような事件が起きた。安田が1年生の女子に大きな顔をして語っているところを高瀬が聞いたというのだ。
「大変だ。みんな集まってくれ」
 いつも冷静な高瀬からそんなメールが入り、我々は図書館の裏の自販機の横に集合した。
「なんだよ。珍しくそんなテンパった顔して」川内が聞く。
「いいから、聞いてくれ。実はな、安田がよく言うだろ。あの言葉」
「ああ、“それ前にも言ってたじゃん”か」権藤が携帯のメールをチェックしながら言う。
「そうだよ、それだ。だがな、あれは全部嘘だったということがわかった」
「嘘だった? どういうことだ」俺が大声をあげ、
「静かに聞いてくれ」と高瀬がたしなめる。
「1年生に言ってたんだよ。サークル内で権力を取りたかったら、“それ前にも言ってたじゃん”殺法を使えってな。安田曰く、大学生なんて飲みの席で同じような話ばかりしているんだから、その記憶に自信なんてあるはずがない。そこでズバリと言ってやるんだ。魔法の言葉をな。“それ前にも言ってたじゃん”ってな。そうすると、面白い話をしていると思って得意げになってた奴の自信は一瞬でしぼみ、魔法の言葉を言った奴が有利になる。話の腰を折られた奴は申し訳ないと思うのと同時に、こいつは人の話をよく聞いて覚えてくれる奴だと一目置いてくれることになるんだよってな」
「何? 安田がそれを言ったというのか!」川内が怒鳴る。
「許せねえ!」と権藤。
「よし、今から下剋上に行くぞ!」と俺。
 
 こうして我々はクーデターを起こすべく、安田のもとに駆け寄った。安田は相変わらず余裕の表情で1年生女子と喋ってた。
「面白い話があるんだが、聞いてくれ」川内が話し始める。
「なんだよ、改まって。聞いてやろうじゃないの」安田が憎たらしい口調でロン毛をいじりながら言う。
「俺、あの自販機の裏でこないだワンピースの21巻を拾ったんだよ。そしたらさ、ワンピースの21巻だと思ってたら、それがセブンイレブンのおでんだったんだ!」
「わはははは。不条理! 不条理!」安田以外の全員が爆笑する。
 安田が前に一歩踏み出し、それがどうしたと言う表情で魔法の言葉を言った。 
「確かに面白いかもしれないけどよ。それ前にも言ってたじゃん!」
 安田の後頭部からババーンという効果音が聞こえてきそうだった。その光景を見慣れている我々からすれば、一瞬ひるみそうになったが、ここで負けるわけにはいかない。川内は引っかかったなと言った表情で言った。
「何言ってるんだよ! 言ってたわけねえだろ。この話は、今さっき俺たちが相談して作った作り話なんだからよ。証人はここにいる安田と1年生以外だ! どうだ! おまえが得意とする“それ前にも言ってたじゃん”は、ただ単に人の話を聞くいい人であるということをアピールする虚飾に過ぎない!」
「な、何を…」安田が今までに見せたことのないような動揺した顔で後ずさる。
「安田先輩の言ってたこと、全然効果ないじゃないですか」1年生女子がきつい一言をお見舞いする。
「俺は、俺はただ、みんなが言ってたことを俺はいつも聞いているというメッセージを送りたかっただけなんだ」
「そんなこと言いやがって、どれだけの人間がおまえの“それ前にも言ってたじゃん”で傷ついたと思ってるんだ」
「そうだ、そうだ!」
「俺たちは話の腰を折られたくなかったんだ!」
「そうだ、そうだ!」
「気持ちよく面白い話をしたいだけなんだ!」
「そうだ、そうだ!」
「く、くそー。見てろよ。次は絶対に違う方法でおまえたちをやっつけて、サークルを俺の支配下にしてやるからな」
 そう言って安田は走り去っていった。我々と1年生女子は高らかに笑い、それぞれのとっておきの面白い話に気持ちよく相槌を打ちながら、これまでにないほど親睦を深め合った。