レモンイレムン 妙な気分

 大分県に佐古さんの好きそうなコンビニがあるとの通報を受けたので行ってきた。
 場所はJR日豊本線宇佐駅から車で3時間ほど走った山の中。周りに何もない場所に忽然と表れたコンビニの名前は「レモンイレムン」と言う。おそらくセブンイレブンをパクったものだと思われ、店の看板にはレモンの絵が溌剌と描かれていた。その下には柔道着を着たミツバチが「レモンイレムン 妙な気分」と言っている絵があった。
 私はこうして日本国内の珍しいものを探すのが趣味であるから、大抵の変な店は見てきたが、ここは群を抜いて変なにおいがプンプンする。まず、レモンイレムンという全くセンスの感じられないネーミング。100歩譲って、セブンイレブンをレモンイレブンをするのならわかる。ただ、なぜイレブンではなくてイレムンなのか? そして、なぜそもそもレモンなのか? “妙な気分”とはどんな気分なのか? この辺りを自分としてはどうしても聞いておきたかったので、店主にいろいろと話を聞いてみることにした。
 店内に入ると、リラクゼーション効果のありそうな森林浴のCDがかかっていた。レジにはそんな癒し系の音とは全く似つかわしくないヒゲ面の男が立っている。私はその男に店主はどこにいるのかと聞いてみた。すると、男は自分が店主だと答えた。
 胸に木崎原と書かれたネームプレートをつけている男に、この店を作ったきっかけを聞いてみる。すると、木崎原は「どうせ客なんか来ないですから」と言って私に椅子をすすめ、レモンイレムンの歴史を話し始めた。
 レモンイレムンを作ったのは7年前のこと。当時この辺りにはコンビニエンスストアというものがなく、自分が作ったら当たるのではないかと思って始めた。小さい頃からレモンが好きで好きで仕方がなく、文通した時のペンネームもレモン男だったし、仲間とバンドを作った時もレモンズという名前にしていたので、レモンは必ず名前のどこかに入れようとは思っていた。親に相談したら、レモンイレブンはどうかと即答してきたが、自分は親の言いなりになるのは昔から嫌だったので、何かしらフックが欲しかった。そこで思いついたのが、イレブンの“ブ”を“ム”にすることだった。“ム”にすると、夢という漢字を想像する人は多いはずであり、つまりはレモンイレムンを漢字で書くと、レモンイレ夢ンということになる。ムンと書くとムンムンという擬態語を想像する人間も多いだろうから、レモンの香りがムンムンしているともとれる。さらには聞きようによっては、レモンイレムンをレモンイレモン(=レモンの入れ物)と聞き間違える人がいるはずではないかと思った。「レモンの入れ物」であり、「レモンの夢」であり、「レモンがムンムン」した、これ以上にレモンのエッセンスが凝縮された名前はないと思い、レモンイレムンに決定したというわけだ。
「名前の由来はわかりました。では、どうして“妙な気分”なんです? それは具体的に言うと、どんな気分なんですか?」
 木崎原は不敵な笑いを浮かべ、「それがこの店のポイントであり、売りなのです」と話し始めた。こんな田舎くんだりまで来て、セブンイレブンの姉妹店のようなコンビニがあるかと思ったら、品揃えが全く悪く、店主は怪しげな風貌をしている。そして店内には妙な音楽がかかっている。木崎原は「この音楽を作ったのも僕なんです」と話した。リラクゼーションの音楽は彼が作ったものとのことだった。すると、客はどんな人間であれ、妙な気分になるだろう。まさに「レモンイレムン 妙な気分」ということになるわけだ。
 私はこの店主が意外にも自分の店を客観的な見方で見ることができていることに感心した。「ちょっと店内の商品を一周して見てきます」と言って、食べ物や雑誌、日用品などをチェックすると、確かにセブンイレブンじゃ絶対に売っていないような、インド製やルーマニア製の見たことのないような品物ばかりだった。私はインド製のカレー歯ブラシという品物を700円も出して購入した。
 別れ際、店主は「ブログとかには載せないでください。客が殺到すると僕ひとりじゃ店を回せなくなるから」と言っていた。しかし、私はこうして書こうと思う。こんな奇妙な体験を少しでも多くの人に共有してほしいし、この文章を読んだところで、人があんな山奥までわざわざ“妙な気分”になるために、レモンイレムンに行くとは思えないからだ。
 日本にはまだまだ未知なる奇妙なスポットが多く存在する。そして、何よりもこの店主のような理解しがたい奇妙な人間に出会えることに感動してしまうのだ。これからも私は普段の生活では得がたいこのような貴重な体験を、限られた時間の中でし続けていきたいと思う。

変なもの、変なひと研究家 佐古伸二