水道からミルク出た

 世界中の水道に異変が起こったのは2012年10月5日のことだった。そこから出てくるはずの透明な水が、全て乳白色になって出てきたのだ。各国の政府は最初、テロの可能性を考え、国民たちに決して飲まないように訴えた。しかし、水を飲まないまま人間が生きていけるはずがなく、ミネラルウォーターを買うお金のない貧しい国の人々は、この政府の申しつけを無視してがぶがぶと飲み始めた。すると彼らは言うのだ。これは牛乳だ、と。
 その噂を信じた人たちは次々に乳白色の水を飲み始め、やはり誰が飲んでも牛乳だということがわかった。懐疑派たちも徐々に折れ、やがては誰もが不安を覚えることなく牛乳を飲むようになった。
 だがしかし、科学者が綿密に調べてみたところ、これは正確には牛乳に似て牛乳ではないことがわかった。原因はおそらく、太陽の黒点の収縮か、地球の地殻変動により、水道管の金属成分が突然変異したとのことだった。ミネラルウォーターなどの湧き水は無事だった。しかし、カルシウムの成分や味は牛乳と全く同じだったため、人々は細かいことを気にすることなく水道から出てくる牛乳を飲み続けた。
 これによって痛手を受けたのは酪農産業や牛乳メーカーだった。毎日ただで飲めるのものに誰もお金を払うわけがない。各国の牛乳メーカーが発売する生乳は全て発売中止となり、ヨーグルトやチーズなどの加工食品しか売れなくなった。
 ミネラルウォーターがなくては普通の水が使えないわけだから、家庭料理は全て牛乳ベースのものばかりとなった。クリームシチュー、カルボナーラ、牛乳鍋などなど。人々は牛乳でうかいをし、牛乳で手を洗い、牛乳の風呂やプールに入った。
 このような社会で辛い思いをするようになったのが牛乳アレルギーの人々だ。彼らは一般の人々と一緒に暮らせないと判断され、湧き水が出る川沿いに強制輸送させられ、そこで生活を送った。その数は30万人とも言われている。
 この事件から55年が経った今、子供たちは牛乳が出てくる水道しか知らなくなっていた。子供たちが透明な水を見ることは非常に稀だった。親がたまに祖父母の世代の名残でミネラルウォーターを買ってくるときくらいだったからだ。この時にはもう、あまり人類は透明の水を飲まなくなっていた。だから子供たちが川に連れていかれると、その透明な水を怖がり、興奮するのだった。
 水道からなぜ牛乳が出てくるのかについては長年研究がなされてきたが、これもやがて終わりを告げた。なぜならこの世はわからないことだらけだったからだ。誰かがそんな研究を続ける意味はあるのか?と問い、結論はもうやめようということになった。そのうち人間は水道から透明な水が出ていた時代のことをすっかり忘れてしまった。