むしゃくしゃしてる人、集まれ!

 焼肉、パチンコ、カラオケ、漫画喫茶、マッサージなど、あらゆるビジネスで大成功を収めた時代の寵児・松田邦弘が新たな商売を始めたと聞き、世間は注目した。松田がビジネス雑誌に答えていたインタビューの内容によると、松田はある日ニュースを見ていて、あまりに多くの人たちが「むしゃくしゃしてやった」「誰でもよかった」という理由で犯罪を起こしているのに目をつけ、これをビジネスにできないかと考えた。松田はすぐさま求人サイトで「むしゃくしゃしている人募集!」というタイトルで応募をかけた。すると、その日のうちに300人もの応募があったという。
 松田は彼らを自分自身で面接し、本当にむしゃくしゃしている人間かどうかを判断した。松田は人を見る目に自信があったから、これまでの面接では絶対採用しなかったであろう、危険人物のみを選んだ。300人の中から130人が選ばれ、いざ会社を立ち上げることとなった。
 「ムシャクシャ」と名付けられた会社の業務内容は一言で言えば「破壊」だ。世の中にはゴミがありあまっているのに、毎日毎日新製品が発売され、廃棄がおいつかなくなってきている。そこで松田は、あらゆるジャンルの企業に声をかけ、廃棄処分したい品物を低コストで集めさせた。商品の廃棄をするには機械を動かさないといけず、それには多大なコストがかかるため、企業は低コストで廃棄を請け負う松田の会社の申し出を大歓迎した。
 松田は勤務初日の日、廃墟となっていた元工場に従業員たちを集め、「今からここにあるものを全て破壊してよい」と命令した。彼らは嬉々としてそこにある廃棄物に飛びつき、社会に対して抱えているイラ立ちを全てぶつけた。松田が思った以上に、彼らの“むしゃくしゃ”の威力は凄かった。1週間かけた廃棄する予定だった品々は2時間で全て破壊され、勢いに乗ってしまった彼らは「もっとないんですか!?」と言って松田に詰め寄った。松田はこの事態を十分に想定していたから、彼らのもうひとつの動機である「誰でもよかった」を利用することにした。松田は「誰でもいいから、この場にいる人間を全て傷つけてもいい。もし命に関わるようなことがあっても、俺は絶対に警察に届けない。この会社の中で起こることは治外法権だ。遠慮なく暴れまわってほしい」と言い、自分が襲われないようにVIPルームにこもって、彼らがお互いを傷つけあうさまを別のモニターで見ていた。彼らはその後3時間ほどお互いを殴り、罵り合い、やがて疲れ果てて眠ってしまった。幸いなことに全員が生きていた。松田はホッとし、新たなクライアントを開拓するために多くの企業に電話をかけた。
 その後、廃棄希望物は次々と集まり、従業員の応募も途切れることがなかった。ムシャクシャはどんどんと潤っていき、その手法を真似た類似商法も出てきた。しかし、松田のブランド力はすさまじく、他の企業は淘汰され、ひとり勝ちすることになった。
 若者の間では、今では軍隊やヤクザに入るよりも、自分を鍛えたかったら松田のムシャクシャに入るほうがいいと言われている。ムシャクシャはあまりに強大な組織になってしまい、法律の力が届かないほどの無法地帯となってしまったため、もしも彼らがクーデターを起こしたら国は一瞬で転覆すると言われている。日本政府や警察としては、「むしゃくしゃしてやった」「誰でもよかった」という理由での犯罪は激減したことには安堵したものの、もしムシャクシャに反乱を起こされたらたまらないということで、恐々として厳重な警戒を続けているそうだ。