とにかく豚肉が足りない

 カズ、ハル、ヨットの3人はいつもファミレスで集まってはダベっている。まるでリアル「THE3名様」的な関係だった。この3人の間では、いつも「彼女がほしい」「趣味を見つけたい」「外国旅行がしたい」という話になるのだが、最後はいつも「時間が足りなくてできない」という結論で締めた。こんなところで何時間もダベっているわけだから時間も何もないわけだが、そう言うとみんな自分が暇人であることを忘れるような気持ちになれて安心していたのだ。
 この日もカズが「背の高い彼女がほしい」と言い出し、ハルとヨットも賛成して盛り上がった。しかしやっぱり最後はカズが「でも、時間がないから無理だな」と言った。ハルもそれにかぶせるように「俺も無理だ。時間がないから」と言った。しかしこの日のヨットは少しおかしなことを言い出した。「俺の場合は豚肉がないからな」
 ヨットの発言に興味を持ったカズとハルは身を乗り出した。「何それ! おもしろそう!」久しぶりに心からワクワクできる会話が生まれる予感がした。
 しかし、ヨットはそれ以上の言及を避けた。「いや、とにかく豚肉が足りないんだよ。はい、この話題おしまい」禁じられると余計に欲しくなるのが人間の性というもので、カズとハルはますますこのワクワクを逃してなるものかとヨットに食らいついた。
「もっと説明してくれよ。なんで豚肉なんだよ」とカズ。
「そうそう、なんで豚肉が足りないと彼女ができないかのか俺たちは知りたい」とハル。
 しかし、ヨットは「うちの実家の問題だから、おまえたちには関係ない」と言って取り合わない。
「実家? おまえの実家は俺たちと同じ埼玉じゃないか。特にそんな特殊なルールがあるわけでもなかろう」とカズ。
「そうそう。少なくとも俺はそんなこと聞いたことがない。それに俺たちの近所のスーパーでは豚肉がたらふく売ってる。今日もここに来るとき見たから確かだ。足りなくなるわけがない」とハル。
 それでもカズとハルの追求もむなしく、ヨットは口を割らない。20分ほど沈黙が続き、仕方なくハルが別の話題を切り出す。
「あーあ、車ほしくねえ? 車。そのためには金稼がないといけねえから、バイト見つけよっかな」
 カズとヨットもその話題で盛り上がる。最後はまたしても「時間が足りないから無理」ということでカズもハルも一致した。ただ今回もヨットはひとりで「豚肉が足りないから無理だ」と言った。カズとハルはもう我慢がならず、隣に家族連れがいるのにもかかわらず声を張り上げた。「なんだおまえ。豚肉豚肉って! そんな豚肉が足りないなら、こんなところに来なければいいだろうが!」とカズ。「そうだそうだ!」とハル。ヨットはしばし黙り込んだあと「それもそうだな」と言って席を立った。カズとハルは最後までヨットの言っている豚肉の意味がわからなかった。
 翌日になり、再び3人は集まった。カズとハルは緊張していた。また豚肉の話題になったら自分たちが自分をコントロールできなくなることがわかっていたし、次ヨットを責めたらもうこうやって集まれなくなるかもしれないからだ。カズとハルにとって、自分以外の2人は親友だった。この会合がなくなったら、人と話すこともなくなるかもしれないのだ。
 こういった理由から、カズとハルは慎重に会話を進めていったが、ヨットは全然豚肉の話をしてこなかった。カズとハルが勇気を振り絞って、「昨日おまえが言っていた豚肉とは一体何だったんだ?」と聞いても、ヨットは全く覚えてないと言うのだった。3人は首をかしげ、結論を出した。おそらく自分たちは普段から豚肉に対して失礼を働いていたため、豚肉に呪われたのではないか。いわばこれは豚肉の呪いである、と。3人は豚肉に祈り、心の中で謝罪をし、これからは豚肉を大切にすることを誓った。食べるときにもいちいち感謝の言葉を述べることを誓った。すると、その祈りが届いたのか、もう二度とヨットが豚肉の話をすることがなくなった。