あるミルクについての真相

「どいつもこいつも退屈なミルクばっかりだ!」
 ミルク評論家の谷口がテーブルを殴って立ち上がった。
「すみません、谷口さん。こちらのもう1品もご賞味ください」
 商品開発部の森本が自信満々の顔で谷口にすすめたミルクはこれまでのものとは少し違うものだった。
 谷口は一口飲んで、目を丸くした。
「な、なんだこれは…。やるじゃないか。最初からこういうのを持ってこいっていうんだ」
「そうでしょう。これはすごい味でしょう」森本が手もみをして谷口に近づく。「つきましては、次回のミルク評論でこのミルクを取り上げていただきたいのですが」
「ああ、この味ならいくら辛口評論家の谷口正勝と言えども、悪くは書けまい。ミルク評論で取り上げることも考えてもいい。しかしまた、こんな味をどうやって出したのだ?」
「私の趣味をご存知ですか?」
「は? おまえごときの趣味なんぞ知っているわけがなかろう」谷口は少し不快そうな顔になった。「話が全然読めないな。私はどうやってこの味を出したのかと聞いておるんだ」
「私はクラシックを聴くのが趣味でして、よく有給休暇をとってはコンサートに出かけるのですが、ある日最前列で見ていた時に指揮者の汗が私の顔に飛びました。私はその汗をぺろりと舐めた時になんて美味しいのだろうと思ったのです。そして思いついたのがこのミルクです」
「何? ということはおまえ。このミルクには指揮者の汗が混じっているというのか?」
「そうですとも。このミルクのために、指揮者たちには何時間もフルオーケストラの指揮をとってもらい、身体が流れおちる汗を凍結してミルクに混ぜました。汗は凍結した時の状態ですから、ほぼ生のものと変わらない味を出しております。言うならば、指揮者の生汗が入ったミルクなのです」
「消費者をなめるのもいい加減にしろよ。どこの世界で他人の汗が入ったミルクを買う奴がいるというのだね」
「そんなことは綺麗ごとでございます。谷口さん。あなたならよくおわかりでしょう。このミルク業界のルールと言うものが。ミルクは材料が何であれ、売れれば勝ちなのです」
 森本の言葉を聞いて谷口は黙りこくった。そして1分ほどしてようやく口を開く。
「そうだな。美味いミルクであれば、材料が何であれ、金は出すかもしれないな。私の負けだ。今週のミルク評論では、お宅のこのミルクについて絶賛しようじゃないか」
「ありがとうございます」
 2人は握手を交わし、このミルクは市場に出回った。そして森本の思惑通りに売れまくった。森本と谷口がこのような会話を交わしたことは記録に残っているが、商品名は明かされていない。