合コンで会った女の子

 ふだん合コンなんかに出慣れてないものだから、思わず自分の本当の職業を言ってしまった。初対面の人間には自営業と言って、ぼかすようにしているのに。
「え? 探偵なんですか? その若さで?」
 当然のごとく、合コンに出席した女子たちは盛り上がる。当たり前だ。彼女たちは探偵なんて存在がこの世にあることすら知らないのだろう。
 中でも尋常ではない食いつきを見せてきたのは、一番遠いところに座っていたサリコちゃんとか言う子だった。サリコちゃんはそれまでほとんど口を聞いていなかったのに、探偵だと聞くやいなや突然目を輝かせて、トイレから帰ってきたどさくさに紛れて俺の隣に座った。他の女子たちはもう探偵話は飽きたのか、携帯電話の話や血液型の話で盛り上がっている。
「お願いしたい事件があるんですが」サリコちゃんが俺の耳元で囁く。まさか合コンで仕事を依頼されるとは思わなかったが、最近は収入が不安定なこともあって、話を聞いてみることにした。
「どうかしましたか」
「実は……」サリコちゃんは他の男女に聞こえないように俺に耳打ちしてくる。その光景を見た他の女子たちが目ざとく俺たちの行動を見つけ、冷やかし始めた。
「おいそこー! メアド交換するなら堂々とやれや! 堂々と!」
 俺はそんな冷やかしを黙殺した。サリコちゃんの依頼内容に心奪われていたからだ。サリコちゃんの依頼とは、センジュラモという名前の蚊を捜してほしいとのことだった。
「蚊の名前をどうやって調べればいいんだ。俺は専門家じゃないぞ」
「いいの。特徴を言ってくれれば、私がわかるから。私は都内にいる全員の蚊の名前を言うことができるの」
 不思議な子だと思った。普通だったらとても引き受けないようなトンデモな依頼だったが、サリコちゃんの家はお金持ちらしく、200万円も払ってくれるというのでOKした。
 それ以来、俺は来る日も来る日も蚊を捕まえ、顕微鏡で見ながら特徴をサリコちゃんに報告した。
「胴体に濃いラインの3本線。アディダスみたいだな。目はギョロっとしていて、サル顔だな。お笑い芸人とかによくいそうな顔だ」
「シャンタラね。間違いない。その子はジャニーズ好きで有名なのよ」
「右脚に何かにぶつけたような痣がある。目は切れ長で、平安時代のような顔だな」
「ポンね。その子は内気なので、あまり刺激しないでね。絵本でも与えれば、おとなしくしてるわ」
「背骨が右に曲がってる。指先にペンダコのようなものがある」
「ジンタね。それはペンダコじゃなくて吐きダコよ。その子は思い通りに行かないことがあると暴れるから気をつけて。月9のドラマを見せておけば機嫌がいいから」
 そんな照合をかれこれ350匹ほど行った後、俺が恵比寿のアトレで見つけた蚊にサリコちゃんは異常な反応を示した。
「つむじが3つあるな」
「おお!」
「歯は虫歯だらけだ」
「おおお!」
「後ろ脚がかいわれ大根のような形をしている」
「おおおお! まさにその子こそが、私の捜していたセンジュラモ! 一瞬でタクシーで行くから待っておれ!」
 興奮したサリコちゃんは語尾が時代劇のようになっていたが、指摘はしなかった。サリコちゃんは宣言通りに一瞬で待ち合わせ場所のファミレスにやってきた。センジュラモと思われる蚊をサリコちゃんに渡すと、彼女の目からボロボロと涙が漏れた。
「おお、センジュラモ、センジュラモ。そなたに会うことをどれだけ心待ちにしていたことか……」
 そう言いながら、サリコちゃんはセンジュラモを鼻の上に乗せた。センジュラモは腹が減っていたのか、一心不乱に血を吸いだした。
 俺はその光景を見て、色々と質問したいことはあった。センジュラモはオスかと思っていたのですが、そんなに血を吸う様子を見るとメスだったんですね。あなたとセンジュラモはそもそもどのような関係なのですか? などなど。しかし、サリコちゃんがヨダレを垂らしながら、「おう、おう」とアザラシのように喘ぎ始めたのを見て、怖くなってその場で別れることにした。それ以来、サリコちゃんとセンジュラモの行方は知らない。