タバコバチ

 地球上にはいまだ人間に発見されていない新種の植物や生物が何億もあるという。だがしかし、2010年の暮れに福島県で見つかったタバコバチほどの大事件はないだろう。
 タバコバチが初めて観測されたのは2010年10月のことだった。みかん農園を持つ農家の人が一服しようとしたときにハチの大群に襲われて重傷を負った。
 通常、昆虫はタバコの煙を嫌うと言われている。タバコに含まれるニコチンは、普通の昆虫には強い神経毒性があるからだ。中にも例外はある。アメリカ大陸に広く分布するスズメガの一種・タバコスズメガの幼虫はタバコの葉を食べて大きくなり、体内にニコチンを分解し排泄するシステムがある。しかし、主にニコチンを好むと言われているのはこのタバコスズメガくらいで、ハチでは観測されていなかった。
 専門家が言うには、タバコバチ福島県田村郡船引町・常葉町でさかんに栽培されている“タバコの花”の味を覚えて育った突然変異種だと思われる。通常はタバコの花が咲くと葉に栄養がいかなくなるため、“芯止め”という花摘みが行われる。だが、この町に住む春日喜三郎さんとその仲間たちはタバコに咲く薄紅紫色の花が大好きで、趣味の一環で大量にタバコの花を栽培しており、ここに迷い込んだハチが独自の進化を遂げたのだろう。
 そうして発生したタバコバチの群れは福島県一帯の喫煙者を襲い、大量の負傷者が出た。タバコバチは生まれながらのヘビースモーカーのようなもので、四六時中一種の酩酊状態にあるため凶暴かつ攻撃的である。まずはタバコの煙をかぎ分けるとその煙を目がけて飛んでいき、タバコを吸う人間を襲う。タバコを吸う人は顔面を何度も刺され、ニコチンがたっぷりと入って熟成された毒が体内に回り、気を失うという。
 タバコバチはものすごい速さで大量発生し、福島県の喫煙者たちをすべて病院送りにしてしまった。そして東北周辺の県を全滅させ、北は北海道に飛び、南は関東、中部、関西、中国、九州、沖縄へと下っていき、日本中の喫煙者からタバコを奪ってしまった。
 政府はこのタバコバチの発生に対して、何の対策も行わなかった。首相は「早めの対策を」と悠長なことを言っていたが、タバコバチが日本全土を覆いつくしたのは1週間足らずの出来事だった。のちに政府関係者が語ったところによると首相は最初から動くつもりはなく、この機会に日本からタバコを絶滅させようと思っていたらしい。そうすれば医療費が安くなるからだ。タバコバチはまさに降って湧いた日本経済の救世主だったわけだ。
 日本の喫煙者たちがタバコを捨てると、タバコバチの行き場所はなくなった。彼らはタバコ農園も襲いつくし、タバコの葉はほぼ日本から無くなってしまったのだ。タバコバチは日本を脱出し、海を越えて中国やアメリカへと飛んだ。こうして世界中の喫煙者を次々と襲っていったが、世界中の愛煙家たちからは日本への非難が乱れ飛んだ。アメリカの大手タバコ会社は倒産し、その責任を日本政府に負うように賠償を求めてきた。中東や東南アジア、アフリカなどではまだまだ愛煙家の勢力は強いため、この圧力に日本政府は屈さざるを得なかった。日本国民はタバコバチのおかげで大量な出費を強いられるようになり、日本経済は弱体化した。日本でかつてタバコを愛煙していた人々は、自国民の医療費という目先の利益を重視したばかりに対策が遅れ、そのせいで結局は経済が破綻してしまったことをその後も猛烈に批判している。政府も今になって、ようやくタバコバチを駆逐させる策を検討しているというが、時すでに遅しの感がある。