鼻くそ、無料でほじり放題だってよ

「ただいま! 行ってきます!」
「啓吾! 宿題やったの?」
 中学2年生の勝山啓吾はカバンを置くなり外へと飛び出した。母親がわめいているのが聞こえるが、そんなことは知ったこっちゃない。今日は駅前に鼻くそほじり放題のショップが来ているからだ。
 ショップに到着すると、案の定すでに行列ができていた。開店は15時のはずで、まだ15時10分なのにこの長い列なのだから、開店前からみんな並んでいたのがわかる。掃除当番をサボっていれば間に合ったはずだ。啓吾は口うるさい長瀬久美のことを思い出して舌打ちする。久美には今日は鼻くそをほじりたいから、サボらせてくれと言ったが、彼女は頑として首を縦に振らなかった。班長としてのプライドがあるのかわからないが、ああいう堅物には何を言っても無駄なのだ。こういう高尚な遊びがわかってたまるものか。
 啓吾が列に並んでいる人々を見ると、やはりどこか普通じゃない雰囲気の人が多かった。学生服姿の啓吾は恥ずかしかった。先週横浜のビームスで買った服に着替えてくればよかっただろうか? いや、そんなことをしていたら、こんな前の方には並べなかったはずだ。啓吾はさりげなく、ズボンのすそを折り曲げ、ピンク色の靴下を見せてオシャレをアピールする。
 今回のほじり放題は完全無料とあって、さすがになかなか行列は縮まらない。3ヶ月前に原宿で行われたほじり放題では1回1000円で制限時間は20分だった。おそらく主催者側は原宿ならそんな高い金額でも客は来るが、啓吾が住む駅のような田舎だと無料じゃないと客が来ないだろうと思ったのだろう。啓吾は自分の住む町が甘く見られているようで悔しかった。俺の住む町にも鼻くそ好きは多いんだ。喫茶店で鼻くその話をしているカップルだってよく見かけるさ。
 2時間ほど待つと、ようやく列も縮みだした。店から出てくる客たちは、皆一様に満ち足りた顔をして、指先を見つめている。啓吾はその感触を想像して幸せな気持ちになる。
 そしてようやく啓吾の番がやってくる。店の中には3人の鼻くそ提供者がいて、啓吾を担当するのは20代後半くらいのおじさんだった。
「こんにちは。こういうところに来るのは初めてかな?」
 完全に舐められた口の聞き方に啓吾はカチンと来る。
「7月に行われた原宿のも行きましたし、春の六本木ヒルズと、正月のビッグサイトのも行きました」
「お、そうかそうか。学生服だったから、そんな風には見えなくてさ」
 やっぱり学生服じゃなくて私服で来るべきだった。ほじる前から啓吾の腰は完全に引けてしまっていた。
「どうする? いいよ。好きにほじって」おじさんが言い、
「じゃあ、失礼します」と啓吾は指をおじさんの鼻の穴に挿入した。おじさんの鼻の穴の中はマシュマロのように手入れが行き届いており、さすがプロだと関心した。鼻くそはすでにほじられてしまっているのか、ほとんど異物感は感じられず、指先はスルスルと上滑りするばかりだった。
「どうかな? もうだいぶほじられて残ってないだろ?」フガフガしながらおじさんが言う。啓吾はほじれないと思われるのが嫌で、「いや、そんなことないですよ。けっこうほじれてます」と嘘をついた。