鉄棒伝説

 こないだ私が友達と3人でお茶していると、彼氏のトホホ話を自慢しようと言うことになった。潮美の彼氏はトイレの芳香剤をコレクションしていて、瑞枝の彼氏はパソコンのマウスをかじる癖があるという。
 そして私の番が来た。何を話そうかと考え、彼氏である利光の鉄棒伝説の話をすることにした。利光は酔っ払うと必ず話す話がある。地元ではかなり有名だという鉄棒伝説だ。利光は小学3年生の頃、逆上がりが大の得意で、連続60回という記録を打ちたてたことがあった。利光の地元の町は、なぜか運動神経の鈍い子供が育つことで有名で、逆上がりをできる子供はほとんどいなかった。そんな中で連続60回の逆上がりができる利光は神童とあがめられ、町長から表彰してもらったこともあった。利光は将来、鉄棒で食べていこうと思い、地元から電車で1時間くらい行ったところにある体育大学の推薦をもらい、そこに通った。
 利光が大学に通い始めると、自分以上に鉄棒が得意な生徒がたくさんいることにショックを受けた。やがて利光はモチベーションが低下し、大学を自主退学して地元に戻った。地元でヒーロー扱いされているほうが気持ちよかったからだ。利光は地元の郵便局に就職し、暇さえあれば鉄棒の練習をした。子供たちは相変わらず運動神経が悪く、利光を神様のように扱った。利光は決して、体育大学での出来事は人に話さなかった。話したら自分のカリスマ性が失われるかと思ったからだ。
 やがて町長は利光に、町に鉄棒伝説を語り継ぎ、それで観光客を集めるのはどうかと提案した。逆上がり連続60回を達成するヒーローを生んだ町なら、よそからも観光客が来るだろうと言うわけだ。利光はそんなことで観光客が呼べるのだろうかと不安に思ったが、ここで自信のないことを口にしてもカリスマ性が失われると思い、喜んで了承した。町を興して利光銅像が造られ、利光が練習した鉄棒を金色に塗った。ある伝記ライターに、利光についての鉄棒伝説を書いてくれるようにお願いした。その中で利光は、生まれた瞬間から鉄棒を持っており、母乳を飲む代わりに逆上がりをしたと書かれていた。小学校の頃は鉄棒を食べ、鉄棒と喋ることができるとも書かれていた。
 しかし、町民たちの努力もむなしく、利光の鉄棒伝説が町の外に広まることはなかった。高い金を使って造られた銅像は解体され、鉄棒に塗られた金色のメッキも剥がされた。それまで神様扱いだった利光は突然悪役にされ、町に住むことができなくなり、東京に逃げてきた。そうしてコンビニでアルバイトをしていたら、同じアルバイトの私と知り合ったというわけだった。
 潮美と瑞枝はその話を聞いて、「おもしろい」「全然トホホじゃないじゃん。むしろ泣ける」と絶賛した。潮美は出版社で働いているので、ぜひ本にしたいと言った。私は利光にその旨を伝えたが、トラウマからまだ立ち直っていないのでそっとしておいてほしいと言われた。私はその時の利光の様子があまりに苦しそうだったので、友達に気軽に話してしまってごめんねと謝った。利光は私が他の人に話したのがよっぽどショックだったのか、その日以来、一切自分の鉄棒伝説の話をすることはなくなった。