マコトとクーのパー

 海にはどんな願い事も叶えてくれるワズディンという神様がいる。西武と巨人に在籍したあのジョン・ワズディンとは違う。ワズディンは気まぐれなことで有名で、何年も現れないこともあれば、毎日のように泳ぎ回りその姿を目撃されることもある。願い事がある人は、ワズディンを目撃さえすればよかった。ワズディンは気前がいいから、どんなに機嫌が悪くても言うことを聞いてくれるのだった。
 ただ、何よりもワズディンに会うことが難しいとされた。一生ワズディンを探し続けても出会えなかった者もあるし、親子三代に渡って探し続けている家族もある。だから、マコトとクーがワズディンに会ったとき、彼らは目を疑った。
「ワズディン様だ」
「うわ、本物だよ」
 ワズディンは恐れおののくマコトとクーを見て不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。わしがワズディン様だ。なんならおまえらの願い事を叶えてやってもいい」
 マコトとクーは願い事を同時に言うことにした。どちらかの願い事を先に聞いてしまうと、自分の願い事に自信が持てなくなるかもしれないからだった。
「じゃあ、いきます」マコトが指揮をとり、合図をする。「せーの」
 マコトとクーは同時に願い事を口にした。
「パー!」
 なんとその内容は全く同じものだった。マコトとクーは顔を見合わせる。ワズディンは笑った。「そんなの、お安い御用だとも」
 その瞬間、マコトとクーの手がパーに変わった。これで2人は最強になれるはずだった。
 マコトとクーはカニだった。カニたちはいつも喧嘩をし始めると譲り合うことを知らないから際限のない戦争にと突入してしまう。そんなとき、あるカニが目撃した光景があった。浜辺でラムネを取り合って喧嘩している人間たちが、ゲームでラムネを飲む人を決めたのだ。目撃したカニは感激した。こんな簡単な方法で戦争が収まるのかと思った。その方法とは人間たちの言うところのジャンケンだった。
 目撃したカニは自分たちの種族にその方法を伝え、ジャンケンはあっというまに広まった。しかし、それには問題があった。カニは通常チョキかグーしか出せないため、グーが必ず勝つから勝負にならないのだった。それでもカニの記憶力や思考力は弱いため、負けるとわかっているのにチョキを出す者も多かった。こうしていつもグーを出せるカニは多量の食料や異性を手に入れて、優雅な暮らしを送った。
 これを見ていたマコトやクーたちの若者は、グーに勝てるジャンケンがあればどんなにいいだろうと常日頃から思っていた。そしてようやくこうしてワズディンに会うことができ、マコトとクーの手はパーに変わった。
 マコトとクーは未曾有の快進撃を続けた。いつもグーばかり出している金持ち連中をことごとく倒し、マコトとクーは町の富豪として成り上がった。グーばかり出していたカニは泣いて、自分の土地や食料などを引き渡した。時代はマコトとクーのものになるかと思われた。
 その矢先、なんと2歳に満たないチビガニが、マコトとクーに対してチョキを出したのだった。カニたちはその手があったのかと気づき、チョキを出してマコトとクーを負かした。マコトとクーの手はパーしか出せないようになっていた。あのとき、「パーも出せる手」とお願いしていればよかったのに。「パー」としか言わなかったからパーしか出せない手になってしまったのだ。マコトとクーはその後、グーばかり出す相手をやっつけるための助っ人として雇われたが、相手はその場合、必ずチョキを出した。マコトとクーはそれ以来、もう一度ワズディンに会うことを夢見て生きているが、まだ会えていない。