それって何か違わない?

 小学校の教師を25年続けてきてわかったことがある。子供たちを最も萎縮させ、私の言いなりにする魔法の言葉だ。それは、「それって何か違わない?」である。私が子供たちに向かってこの言葉を言うと、どんなに品行方正な生徒でも、自分が何か間違えたことをしでかしたのかと思って萎縮する。私は気に入らない生徒に対してはこの言葉を何度も何度も耳元で連発し、私の言うことに何でも従うロボットを作り上げてきた。
 今年から担任として受け持つようになったクラスには、前任教師が超問題児だと恐れていた花山ココロという生徒がいたのだが、この生徒にも私が「それって何か違わない?」攻撃をすることで、背骨のない魚のようにクタクタになった。私は職員室の面々から、どんな魔法を使ったのですか?と聞かれたが、それは秘密ですと答えておいた。
 父兄からのクレームもこの25年間生きてきて一度もない。親というものは、子供が従順であればあるほど満足するものなのだ。もうひとつ私が誇りにしていることがあって、私が担任したクラスの生徒からは芸術家などの有名人は1人たりとも出ていない。私が思うに、芸術家になろうと思う人間は心に欠陥を抱えているのだ。私は全うな会社人間を育て、彼らに幸せな人生を送らせる。これのどこが悪いというのだ?
 先日も10年前の卒業生たちが同窓会を開いてくれた。1人の生徒が某有名企業の重役になったことを自慢し、2000万円もする金の時計を見せびらかすなど羽振りのよさを見せていた。私は調子に乗っている彼の目を覚まそうとして、「それって何か違わない?」と言った。彼はまるで子供の頃に戻ったかのように身体を震わせて怯え、「す、すいません!」と謝った。その日最後まで同窓会で小さくなっていた彼の姿を見て、この言葉の効力の偉大さを改めて感じたものだった。