しあわせ大魔王

 僕は今日、自分自身を“しあわせ大魔王”に認定した。世間には可愛い彼女がいたり、年収何百万円ももらっている奴もいるが、僕よりも幸せな奴はおそらくいないだろう。よって、僕がこの地球上で唯一無二のしあわせ大魔王として君臨することになるのだ。
 浮かれた表情でアルバイト先に行くと、社員の大塚さんが僕の変化に気づいた。
「おお、三沢。おまえ、なんか幸せそうに見えるな」
「おかげさまで、今日からしあわせ大魔王になりました」
「おお、そうかそうか。じゃあ今日から大ちゃんって呼ぶことにしようか」
「ありがとうございます」
 大塚さんはいつもこうして僕に優しくしてくれる。他の社員の人たちは僕の名前すら覚えてくれないと言うのに。まあ、しあわせ大魔王になった今となっては、こんなちっぽけなことなどどうでもいいのだが。
「ところで三沢。どうして、その幸せナントカになれたんだ。パチンコでも勝ったのか? それとも財布でも拾ったのか?」大塚さんが聞いてくる。
「聞いて驚かないでくださいよ。塩原メリカちゃんのファーストDVDを古本屋で見つけたんです。メリカちゃんのファーストDVDは今、プレミアがついて30万円ほどの高さで売られています。それでも30万円出せば手に入るわけではなく、見つけるのも不可能に近いと言われています。一時はこのファーストDVDが欲しいあまりに、熱狂的なファンが制作会社を襲った事件もありましたよね。“原盤をよこせ! さもなきゃ火をつけるぞ!”で有名なあれです。とにかく、それほど価値の高いDVDを、なんと僕は200円で買うことができたのです。僕はその瞬間、天にも昇るような気持ちになりました。だって、選ばれた人しか手に入れることのできないDVDを、駄菓子でも買うような安価で手に入れたのですから。たぶん今この世の中に僕以上に幸せな人はいないと思います。そこで僕は自分のことをしあわせ大魔王に認定することに決めたのです。はあ、いっぱい喋ったら喉が渇いたな。あ! 大塚さん、これは絶対に他言しないでくださいね。もしも僕がそのDVDを持っていることが知られたら、ファンたちに狩られてしまうかもしれません。メリカちゃんのファンは警察関係者にも多いと聞いてますので、誤認逮捕で家宅捜索されて奪われてしまうかもしれません」
「そうかそうか、そりゃ幸せだな。俺はおまえがうらやましいよ。俺は家族のこととか、仕事のこととか、小さな悩みでいっぱいなのにさ。一度はおまえみたいに幸せになってみたいもんだな」
「三沢さんなら、いつかなれますよ。なんなら“しあわせ副大魔王”にしてあげてもいいんですけど、どうします?」
「いや、いいよ。遠慮しておくわ」
 おそらく大塚さんは嫉妬しているのだろう。そのつれない態度を見て僕は思う。でも、仕方がないのだ。しあわせ大魔王として生きるのなら、人々から嫉妬されるのは避けられないことなのだ。