舌打ちマシンガン

「んつぇつぇつぇつぇつぇつぇつぇつぇつぇ!」
 どこからともなく舌打ちの連射の音が聞こえてきて、半蔵門線に乗っている乗客たちは身体に緊張を走らせた。
 舌打ちマシンガン。
 そう呼ばれる男は毎朝ラッシュ時に半蔵門線青山一丁目駅から乗り込み、京橋駅で降りていく。その間、たったの6駅だが、運悪く乗り合わせてしまった乗客にとっては地獄の数分間となる。
 舌打ちマシンガンの舌打ちは秒速16連射と言われており、工事現場のドリルのように聞こえるという者もいれば、セミの鳴き声のように聞こえるという者もいる。とにかくその騒音のアタック感は尋常ではなく、イヤフォンを使って爆音で音楽を聴いていても舌打ちの音が聞こえてくるというほどだ。
 これまでも何人もの勇敢な男たちが、舌打ちマシンガンに戦いを挑んだが、全て返り討ちにあった。舌打ちマシンガンは空手を習っており、学生時代にはインターハイで優勝したこともあるという。その自信と全能感が他人への不満を爆発させ、ああいった舌打ちという行動に出るのだろう。
 しかも舌打ちマシンガンは顔もどこかの男性アイドルのようにイケメンだった。スーツをいつもパリッと着こなし、髪型も適度な無造作ヘアに決め、そのパーフェクトなルックスのために女性ファンも多くいたほどだ。それらの女性ファンたちのほとんどは女子高生や中学生たちで、舌打ちマシンガンの舌打ちが聞こえると、黄色い歓声を飛ばした。
「んつぇつぇつぇつぇつぇつぇつぇつぇつぇ!」
「きゃー! きゃー! マシンガン! マシンガン! 舌打ち!」
 舌打ちマシンガンは舌打ちの際にツバを飛ばすことでも有名だったから、彼の目の前に立つことはこれらの少女たちにとっての名誉とされた。彼女たちの間では「砂かぶり席」と言って常に高い倍率を誇った。
 日々の生活にくたびれている中年男性たちは、このやりとりを心の底から呪った。誰が見ても迷惑行為をしているのにもかかわらず、顔がイケメンなだけでこんなにモテるなんて。きっとこの男は仕事もできるのだろう。プライベートでも女性関係は派手なのだろう。
 事実、舌打ちマシンガンは仕事もできたし、女性にも苦労していなかった。何度も言うが、だからこそ、だからこそ、満員電車に乗る人々が許せずに舌打ちという行動に出るのだ。
 かく言う私は舌打ちマシンガンさんに憧れる一人の会社員である。私もああやって大衆を見下してその示威行為を見せることで若い女性にキャーキャー言われてみたい。私は日々、家で舌打ちマシンガンさんのような舌打ち連射の練習をしているが、まだまだ未熟だ。
「ちぇっ、ちぇっ」
 どうしたらあんなに激しい音を立てられるのだろうか。今度、舌打ちマシンガンさんに弟子入りを志願してみようと思う。