コバンザメなめんなよ

 トコスコキマロン社に転職して1週間が過ぎた。いま俺はこの会社の中で誰が一番力を持っているのかを見極めている。候補は3人いる。声が大きいが言っていることは全然面白くない長瀬と、いつもムスッと黙り込み周りから気を遣われている田代、全ての人に愛想が良くてみんなから好かれている北島だ。
 俺のアンテナはこう告げる。北島はみんなに好かれてはいるが、しょせん八方美人でしかないので、こいつと仲良くしてもメリットは少ない。長瀬が声が大きくて存在感はあるが、いちいちギャグが寒いのと、セクハラパワハラめいたことを言うときがあるので嫌っている人も多い。こういう男とあまり深入りしてしまうと、俺にも悪いイメージがつきかねない。
 ということはやっぱり、田代だろう。無口で何を考えているのかわからない田代は、一見存在感がなさそうに見えるが、周りが常に何を考えているのか伺っているのがわかる。この男にしっかりくっついておけば、俺の会社の中での立場は安泰に違いない。


 それから半年が過ぎ、俺のアンテナは正しかったことが証明された。田代の社内での発言権は増していき、いつも昼飯を一緒に食べている俺もともに社内の地位が上がってきた。そんなとき、俺はあらぬ中傷を耳にした。
 給湯室で女子社員が話している。
「ああ、本山さん。あの人、田代さんのコバンザメよね。私ああいう人好きじゃない」
「私もコバンザメだと思う。世渡り上手だよね」
 その言葉を聞いた瞬間、俺の血が逆流するのがわかった。俺は給湯室に乗り込み、女子社員に対峙する。
「おい、おまえ。コバンザメをなめるなよ。コバンザメは誰が一番強くてスピードが速いのかを瞬時に見極め、自分のエネルギーを最小限に抑えながらも最後には勝つという偉大な能力を持った生き物だ。俺は今までこうして生きることに誇りを持ってきた。今すぐ謝れ!」
「すいません」
 女子社員がしぶしぶと謝る。俺はその謝り方に不満を持つが、あまり絡みすぎるのも社内の評判が悪くなるだろうと思って給湯室を出る。
 奴ら女子社員は若くて未熟だからこそ、あんな風な言い方ができるのだろう。俺がここまでどれだけの苦労をしてきたのか。俺には特に能力もなく、人から好かれることも稀なのだが、こんなに大企業に転職できることができた。それは全てこのコバンザメ的な能力にあると思っている。
 俺の親もコバンザメとして生きてきたからか、俺に対する教育も徹底したものだった.
「とにかく徹底的に強い奴についていけ。そうすればいつかは道は開ける」
 俺はその教えを実践し、先頭集団であり続けた。時には下層派から嫉妬されることも多かったが、絶対に振り切られてなるものかと先頭集団にしがみ続けてきた。その甲斐あってか、中学や高校、大学の同窓会にはいつも呼ばれ、目立つ先頭集団とつるんでいられるし、そうでないものたちからは羨まれている。今だって、そいつらからはたまにメールが来るし、そいつらのことを周りには自慢し続け、俺のステイタスを上げている。俺は先頭集団の奴らに対する誕生日プレゼントは欠かさないし、そういったものにかける金は自己投資だと思っている。
 何よりも、先週田代に買ってあげたプレゼントがいくらだったか、あの女子社員たちは知ってるのだろうか。オーストラリア旅行ペアチケットで、あわせて55万円もしたのだ。それだけの見返りを期待して何が悪いのだ?
今日は田代が旅行から帰ってきて初めて出社する日だ。俺はピカピカの濡れぞうきんを手にして、田代の机とパソコンの画面を拭いてやる。女子社員からの視線を背中に感じたが、俺は無視し続けた。世間体を気にして何もできないおまえらに俺を抜くことは絶対にできない。最後に勝つのは俺みたいなコバンザメなのだ。