塵も積もれば愛となる

 今日はいい塵を見つけた。形といい、柔らかさといい、小ささといい、この上ないほどにベストな塵だった。昨日見つけた塵は妙な色かたちをしていたから、僕はとても幸せな気持ちになった。明日が来るのが楽しみだ。
 たかが塵、されど塵である。塵なんてそこら中に転がっているじゃないかという世間一般な意見に対して僕は異を唱えたい。君たちは真剣に塵を拾ったことがあるのか? 愛のために床を見つめて何時間もさまよったことがあるのか?
 僕が塵を集め続けてもう2年になる。2年前のことは今でも思い出すことができる。満員電車の中に揺られていると、セミロングヘアに紺スーツの彼女がいた。彼女は勝間和代さんの『お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践』という本をカバーもかけずに読んでいて、その真剣な表情に僕は魅せられた。僕はそれ以後、彼女と会うために毎日同じ時間に電車に乗ることを決めた。僕の頭の中のスペースはやがて彼女で占められるようになり、どうにかしてこの愛を告白できればと思った。しかし、困ったことに僕はルックスに全然自信がなく、トークのスキルも低いため、いきなり話しかけるのは無謀だと思われた。つまりは、陰ながら見守りつつも、愛を届けるしか方法はない。そこで思いついたのが、「塵も積もれば愛となる」作戦だった。
 塵も積もれば山となる。僕はこの言葉が大好きだ。座右の銘にもしている。というのも僕は小学校の頃は全然勉強ができずに、親がさじを投げてしまっていた。そのときに言われた言葉―――「おまえはどうせ大した人生を送らない」を僕は聞き、あまりの悔しさに大学に行こうと決意した。それから中学と高校あわせて6年間、僕は毎日友達と遊ぶ時間も惜しんでコツコツと勉強し、大学に行くことができた。小学生の頃は成績が最下位に近かったこの僕が、だ。
 つまり僕が言いたいのは、塵も積もれば何事も成せるということ。僕はこのときの経験を活かし、彼女に愛を贈ることにした。その方法とは、毎日電車の中で彼女の横に陣取り、彼女のバッグの中に塵を入れる。彼女は毎日のように勝間和代さんの書いた本に没頭しているため、周囲への警戒がおろそかだった。僕は容易に背後に近づき、こっそりと毎日塵をバッグの中に落とした。
 それからもう2年が経つ。彼女のバッグの中は僕の塵で溢れているに違いない。2年の間に何度か彼女はバッグを替えたが、塵は彼女の部屋にたどり着いているはずだ。彼女の部屋に2年分の塵が積もっていくさまを想像すると、これほど幸せなことはないのではないかと僕は思った。僕はいつも塵に願をかける。彼女が今日も幸せな一日を送れますようにと。たまに塵に頬ずりしたりすることもあるが、そういうことはいつもではないので誤解しないでほしい。

 そしてまた朝がやってきて、僕は電車に乗り、彼女へと近づく。今日の塵は僕のお気に入りのため、バッグに入れる指にも力が入る。小さな小さな音でポトッと聞こえる。バッグの底に塵が落ちた音だ。もしかしたら僕の幻聴かもしれないが、それでも聞こえる。僕は満足して深呼吸をする。長くて深いスーとハー。
 すると彼女がおもむろに振り返った。こんなことは初めてのことだ。僕はドキドキする。2人の目が合う。もしかしたら塵を毎日入れていることがバレたのだろうか。
 彼女は言う。「あなた勝間和代さんが好きなんですか? いつも私が読む本のことジロジロ見てますよね」
 僕は咄嗟に答える。「そうです、そうなんです。僕、実はカツマーなんです。勝間さん最高ですよね。全部読んでます。講演会も行っています。友達との会話の内容はいつも勝間さんについてです」もちろん全部でまかせだ。1冊たりとも読んだことはない。
 彼女は言う。「ふーん。そんなに好きなら、今度勝間さんについてカフェとかで語り合いませんか」
 僕は驚き、もちろんですと言う。が、うれしい反面、これで塵を入れにくくなってしまったなと心配に思う。