ポケラジン

「おまえはポケラ人だからなあ…」
 担任教師のイトカワの言葉を聞いて、僕は耳を疑った。指導者がそのようなことを言うようになったらこの国は終わりだ。
 イトカワの言葉に賛同したクラスメイトたちが僕に筆箱を投げつける。「ポケラ人! ポケラ人!」といった合唱が起こる。僕は教室を飛び出し、学校裏の河原に寝そべった。
 どうしてこうなってしまったのか。僕は2年前に政府が通達した勅令を思い浮かべる。政府は当時、差別をされる人たちの気持ちを学ぼうということで、仮の人種を用意することにした。ネーミングは一般公募し、3000万通の中から選ばれたポケラ人に決まった。
 政府は学校や会社などの団体に対して、1部署もしくは1クラスの中にポケラ人を決めるように命令した。選別方法は立候補もしくはくじ引きだった。別に仮の人種なのだから、躊躇する必要はないと思い、僕は面白がって立候補した。政府の主旨としては、クラスメイトにポケラ人を差別してもらい、差別というものが一体どういうものなのかを教えようと言うものだった。
 最初は冗談の延長で、クラスメイトたちはドッジボールの仲間に入れないなどの差別を行った。「だって、おまえポケラ人じゃん」
 そのたびに僕は「そうだった忘れてた! 俺ポケラ人だった!」と言って笑いをとった。差別が大嫌いな女子生徒たちは「ポケラ人差別もほどほどにしなよ!」と言って割って入った。僕は彼女たちを勇気があるなあと思った。
 同じようなことが他のクラスや会社でも行われていたのだろう。やがてポケラ人差別は人々の中に浸透していき、ポケラ人に選ばれた者が就職活動や受験などで落とされるという問題も出てきた。やがてポケラ人は空気感染するというデマまで飛び交い、何の根拠もなく、あいつはポケラ人だという風評が広まった。僕の友達の親も「あの子はポケラ人だから遊ばないように」と本気で言っていたそうだ。
 最初に差別体験をしようと意気込んでいた政府も、自分たちのポケラ人政策を一切なかったかのように無視した。しかし、ポケラ人差別は人々の社会の中に寝強く残ってしまった。
 ポケラ人には何の根拠も証明もない。ただ、誰から言い始めたらポケラ人なのだ。ましてや僕は2年前のポケラ人初期に自分から立候補しているだけあり、疑いがないほどのポケラ人だった。
 僕が河原に寝転んでいると、隣のクラスの矢上祥子がやってきた。
「あら、ポケラ人さん。今日も差別されちゃったの」
「そういう矢上もポケラ人じゃないか。もう本当にイヤになるよな」
「私、結婚とかできないかもしれない。こないだまで2組の林くんと付き合ってたんだけど、彼の親に私がポケラ人だとバレて交際を反対されちゃった」
「みんな同じ人間なのにな。どうしてポケラ人だけ差別されなくちゃいけないんだ」
 僕と矢上は川に向かって石を投げた。2人の投げた石は1回も水に跳ねずに、川の底へと沈んでいった。