ルールがあれば何でもできる

「ちょっと待てよおまえ、そこにルールはあんの? ルールは?」
 これが羽田が会社に入社した時の上司の口癖だった。羽田は最初、なんておかしな言葉の使い方をするやつだと思って聞き流していたが、いつのまにか「ルール」というのは社内の流行語となった。会議でもよく以下のようなやりとりが交わされた。
「その前にいったんルール的なところに戻ろうよ。そうすれば自然にルールが見えてくるはずだから」
「部長、ルール的なものとか言いますけど、このルールに関してはむしろルールが無い方がルール的と言えませんか。僕らのチームでルールを議論したとき、そういうルールを取り決めたんです」
「なあおまえ落ち着けよ。ルールがあれば何でもできるんだから、そうやってルールにこだわりすぎるルールはないだろ。もっとルール本来のものに近いルールで行こうよ」
 羽田はこれらのやりとりを聞いて全く何を言っているのかわからなかったが、周りの者たちがしたり顔でうなずいているのを見ると、意味は通じ合っているらしかった。
 しかも、困ったことに羽田の所属する会社は世間的に見てもIT界を牽引する存在だったたけに、社内の流行語となったこの言葉を世間でもこぞって真似しだした。
「今年のルール的な1本!」
「ルールはキミだ!」
「まずはルールを制することからはじめよう!」
「ルールにはルールを。ルールにもルールを!」
「ルールに背くのが僕らのルール!」
 羽田が床屋に行ったときも、「どんなルールで切ります?」と言われた。寿司屋に行ったときは「まずはルールからおうかがいしましょうか?」と言われた。自動改札で引っかかったことの文句を言いに駅員のところに行ったら、「これはルールが違いますね」と言われた。
 この空前のルールブームに対して、専門家たちは「日本人は潜在的に規則(ルール)が大好きです。だからあらゆる言葉にルールを混ぜることで安心してしまうところがあるのでしょう」と分析した。
 羽田はこのルールブームに対して、最後まで抵抗し続けるつもりだったが、昨夜会社の後輩たちと飲んでいるときに、少し酒が入って気が大きくなったからか、「ルールがあれば何でもできるんだよ」と説教してしまった。