90ズキッズ

「ったく、クラスメイトってのはどうしてこんなにダッサい奴ばかり揃っているんだ?」
 教室の一番うしろに座る田代圭吾がクラス全体に響き渡る声で独り言を言った。一瞬、議事進行を行う高田の手が止まったが、それでも高田は圭吾の意見は聞こえないふりをして次のクラスイベントの多数決を採るために話を続けた。
「じゃあ、3D映画を作るのがいいと思う人」クラスの大半が手を挙げる。
「じゃあ、iPadを使ってお絵かきをするのがいいと思う人」クラスの5人くらいが手を挙げる。
「90年代ナイトのDJイベントがいいと思う人」圭吾だけが手を挙げる。
「じゃあ、多数決で3D映画を作ることに決まりました」高田が言い、クラスからは拍手が起こる。「ふざけるな! おまえらだけでやれよ!」圭吾は机を蹴飛ばし、廊下へと出て行った。
 圭吾は小学校の門の外に出る。追いかけてくる教師はいない。最近は教師の権力もすっかり低下したから、不登校に対してもずいぶん寛容になった。圭吾はその足で駅前にある行きつけのレコード屋に立ち寄った。
「お、圭吾くん。今日はどんな用? 今日はEMFとステレオMCズのブート盤が入荷したよ」
「参りましたよ。聞いてくださいよ。春日さん。うちのクラスの奴らがみんな今風の流行ばかり追い求めて嫌になるんですよ。俺は90年代がカッコいいってあれだけ言ってるのに」
「ああ、ダサい奴には何を言ってもわからないよ。90年代が一番カッコいい時代ってわからない奴らはかわいそうだよな」
 春日の言葉に圭吾は満足した。店内に808ステイトの“In Yer Face”がかかり、圭吾は体を揺らす。
 春日は圭吾の父親の友達で、若い頃には青山MIXやマニアックラブなどのクラブに入り浸っていたことがあるという。圭吾の父親と母親は当時のクラブシーンで知り合い結婚した。2人は徹底した90年代信奉者で、息子の圭吾にも90年代カルチャーを朝から晩まで洗脳のように教え抜いた。彼らはみな、2000年に入ってからの音楽や映画はゴミだ、あの頃の日本が一番面白かったと言い続けた。
 親の影響をまともに受けて育った圭吾は、同世代で流行しているアニメやゲームなどに見向きもしなかった。友人たちは次第に10年も20年も前のよくわからない価値観を押し付けてくる圭吾を疎ましく思い、仲のいい友達はいなくなった。圭吾は同世代の連中とは話が合わないと思い、こうやって春日のような親の友達と話すことを好んだ。親の友人たちは小学生の圭吾が90年代カルチャーのことをよく知っているのを面白く思い、さらに様々な知識を与えてくれた。
 圭吾には夢がある。自分の父親と母親のようなライフスタイルを送り、母親のような素敵な女性と結婚するのだ。そして90年代のことがわからない奴らとは一切付き合わず、子供にも徹底した90年代教育をしていくことにしよう。
 圭吾はクラスで、いや学校で、自分のことを一番オシャレだと信じて疑わなかった。それは90年代について自分が一番詳しいからだ。しかし、学校では圭吾は、いつもボロボロのグランジファッションに身を包み、最新のコンピュータにまるで興味を持たず、携帯電話ではなくてポケベルをいつも持ち、MP3ではなくMDやレコードを聴き、普通の話が全くできないと言うことで、おかしな奴だと思われていた。学校には他にイマドキのコンピュータに詳しい、オシャレで目立っているグループがあったが、彼らには圭吾は「90くん」と陰口を叩かれ、痛い奴だとされていた。今のうちに救済してあげないと大人になった時に社会に適応できずに危険だという優しい意見もあった。
 圭吾はそんなことはつゆ知らず、今日も明日も人の言うことには耳を貸さず、机を蹴飛ばして教室を飛び出し、レコード屋に入り浸るのだった。