ゴシップの国

 ゴシップの国では、ゴシップ以外の事柄について話すことを歓迎されない。学校では、ゴシップの歴史をはじめ、現代ゴシップや古典ゴシップ、ゴシップがもたらす経済効果、ゴシップの倫理と道徳、ゴシップの聖書(宗教)、世界のゴシップ(地理)、ゴシップを獲得するための運動(体育)などが教えられ、優秀なゴシップ国民が形作られていく。
 ゴシップの東南に位置するトルカ市のトルカ小学校は全寮制のスパルタ教育で知られるが、毎年倍率が200倍を超えるほどの人気だった。どこの家庭でも、子供がゴシップ以外のことに興味を持つことに対して手を焼いているのだ。
 トルカ小学校では、生徒がゴシップ以外の事柄を話しているのを目撃されると、再教育と称して懲罰房にぶちこまれる。ここではワイドショーを朝から晩まで見せられ、世界のゴシップ誌を朗読させられる。こうして頭の中がゴシップでいっぱいになった生徒は、懲罰房の外に出るとゴシップ以外のことに一切興味がなくなる。高い学費を払う親としては、まさに最高の教育機関と言えた。
 ただ、今年のトルカ小学校には学校始まって以来の落ちこぼれ生徒がいるということで、他の生徒に悪い影響を与えないかどうか、親たちから危惧の声が上がっている。問題の生徒の名前はマナブ・ハロウェイ。マナブは成績がダントツで最下位なくせに、テストの役に立たないような余計な知識をいっぱい持っている。数日前も授業中に隣の生徒に哲学を教えて教師から厳重注意を食らった。
「こら、マナブ! おまえ今、ゴシップ以外のことを話していただろう」
「哲学ですよ。て・つ・が・く。ゴシップなんて何の役にも立たない。だって、単なる他人の噂話じゃないか。そんなもん、俺の人生には関係ないよ」
「バカなことを言うな。ゴシップほど人間の脳や身体にいい影響を与えることはないのだ。ゴシップさえあれば、人と人は通じ合い、共感しあい、簡単に仲良くなれる。よって、ゴシップをどれくらい知っているかによって、その人間の価値は決まるのだ。違うか?」
 マナブは我慢できないという顔で机の上に立ち上がり、教師を無視して生徒を煽る。
「おまえら、誰と誰が結婚したとか、誰が暴力事件を起こしたとか、そんなことばかり勉強していて楽しいのかよ? そこのおまえはどうなんだ? おまえは? おまえは? もっと自分自身の人生を生きたらどうだ?」
 こうしてマナブに煽られても、どの生徒も迷惑そうな顔を隠さなかった。クラス委員のチェン・マスロフがマナブを注意する。
「授業を妨害するのはいい加減にしてくれ。君みたいな落ちこぼれの意見に僕たちは耳を貸すつもりはない。ゴシップは崇高で、蜜のように甘い味がする。僕らはゴシップをガソリンにして生きている。つまり君の言うことは、ゴシップなしで生きろということは僕らに生きるな!って言っているようなものじゃないか」
 そうだそうだという声があがる。マナブの味方は誰もいなかった。マナブは教師に首ねっこをつかまれ、懲罰房に入れられた。しかし、教師たちがマナブに手を焼いていたのは、マナブを何度懲罰房に入れても、ちっとも“いい子”にできないことだった。
 数日後、けろっとした顔で懲罰房から出てきたマナブは言った。「ほら見たことか。俺の脳はゴシップを受け付けないようにできているんだ。何が蜜の味だ、ふざけるんじゃない。おまえらの脳のほうが異常なんだよ」
 これ以上辛抱できなくなった校長はマナブの家に電話をかける。
「ハロウェイさんですね。またお宅のお子さんが学校で問題を起こしました」
「ごめんなさい…」電話越しに母親の声が聞こえる。どうしてこういう優しい声の母親からあんな凶暴かつ粗野な息子が生まれてくるのだろう。「うちでも手を焼いていたんです。だからトルカ小学校に入学させて正しい人生を歩んでほしいと思ったのですが」
「うちとしてもあらゆる努力はしてきました。ただ、もうあまりにも限界です。私は35年もこの学校に勤めているが、あんなに問題のある生徒は見たことがない。彼はゴシップを冒涜しています。ゴシップは人間の全てです。つまり彼は人間自体を冒涜していることとイコールなのです」
「ごめんなさい。そこをなんとか…」
「いいえ無理です。今日付けで退学にして、夜の新幹線で自宅に送還します」
 実はマナブが学校を退学になるのはトルカ小学校が初めてではなかった。マナブはどこの学校でも問題を起こし、両親がやっと信頼できると思った学校がトルカだったのだ。
 校長との電話を切った後、マナブの母親は涙をポロポロと流した。退学したことが悲しいのではない。あのスパルタ教育で知られるトルカ小学校が見放すほどマナブの症状は重く、これからの彼の人生がどんな苦難に満ちたものになるのかと思うと心配で心配でたまらなくなるのだった。マナブの母は十字を切ってゴシップの神に祈る。神様、どうかあの子がゴシップの大切さをわかってくれますように。あの子にゴシップのご加護あれ。