ストーカー大学

 ようやく突き止めた。中野の裏通りにあるその建物は、外見上は普通の雑居ビルにしか見えず、とても大学とは思えない。純太はビルの前にある電柱の陰に隠れて、生徒たちを待ち伏せした。
 このビルの中にあるストーカー大学は、優秀なストーカーを送り出すための講義や実習を行っているという。成績優秀者のほとんどが卒業後に問題を起こして逮捕されており、逮捕されることが名誉だという声もある。このような性質の学校のため、もちろん所在地は公にされておらず、オフィシャルサイトにエントリーシートを送り、そこで1次試験を通過したものに返送された試験を何度か合格すると住所を教えてもらうことができる。純太はもちろん入学する気などなかったが、ストーカーの本などを読んで彼らの心理を勉強し、試験に受かり、なんとか住所を知ることができた。
 純太がやりたいことはそれほど大それたことではなかった。こんな大学に行く人間を何人か捕まえて、一発殴って更正させればそれでいいのだ。本当は火をつけてこの大学を燃やしてやりたかったが、そこまでする度胸はなかった。
 純太は姉が深刻なストーカー被害に遭っていたこともあり、ストーカーのことを心底憎んでいた。結局そのストーカーは逮捕されるに至ったが、姉はそれ以来、夜道を出歩けなくなってしまった。純太は姉と夜道を散歩するのが好きだったから、夜に家の中でいつもブルブル震える姉の姿を見て、いつの日か復讐してやろうと思っていた。
 そこで知ったのがこのストーカー大学の存在だ。姉をストーカーしていた奴が、何度かわけのわからないことを口走っていたからだ。
「すごいだろ? 僕はこの盗聴の技術をストーカー大学で教わったんだ。盗聴の成績はいつもAだったから、教授に褒められたんだよ」
 純太がネットを調べてみると、ストーカー大学というものが存在することがわかった。その内容は身の毛もよだつ授業内容ばかりで、こういう大学に行く奴らの気が知れなかった。
 純太が電柱の陰で30分ほど待った後、ビルの中からはハラハラと人々が出てきた。中には女性の姿もあった。みんな参考書やルーズリーフを小脇に抱えて談笑し、その光景は普通の大学生と変わらない。ただ、彼らの口にする内容は「転居先を必ず見つけ出す方法」や「職場の前で同僚に気づかれずに待ち伏せする方法」など物騒なものばかりだった。
 生徒が思ったよりもたくさん出てきたため、純太がどいつをターゲットにしようか迷っていると、先頭集団から遅れてゆっくりとした足取りで出てきた男がいた。男は「逆探知の方法」と書かれた参考書をブツブツと読みながら歩いていた。背丈は純太よりも低く、こいつなら喧嘩を売っても勝てそうだ。純太は背後からその男を尾行し、周りに人の気配がなくなった隙に話しかけた。
「おい待て。おまえ、ストーカー大学の者か」
 男は振り返らずに答える。
「そうだけど」
「なんであんなところに行くんだ。ストーカーなんて許される行為ではないだろ」
 男は純太のほうを振り返らず、クックッと嫌らしい笑いを漏らした。
「君はストーカー行為を誤解しているね。ストーカーとは愛の最上級の表現じゃないか。君みたいにストーカーをする勇気や情熱のない人が僕らに嫉妬しているんだよ。恋愛のとき、異性は猛烈なアタックに憧れるものだ。そりゃたまには相手の心をつかめずに逮捕されてしまうケースもある。でも、それは情熱的な愛と紙一重なもので、相手が心をつかまれた場合、その行為に対して深く感謝してくれるはずだ。僕の行っているストーカー大学では、そのための技術やノウハウを伝授してくれる。いわば愛の大学なんだよ。だから僕は行くんだ」
「それは詭弁だ!」
 腹の立った純太は男の肩をつかんで無理やり振り向かせ、顔面にパンチをお見舞いしようとした。すると、相手は驚いたような顔をして、「沢原? 沢原純太か?」と言うではないか。
 純太は振り上げた拳をそのまま止め、男の顔を覗いた。すると、その相手は高校の頃のサッカー部の西田先輩だったのだ。
「先輩! お久しぶりです!」純太は反射的に先輩の肩から手をはずし、謝った。「無礼なことをしてすみませんでした」高校に培われた上下関係というものは、大人になってもなかなか消えることはない。先輩は肩についた埃をはらい、先ほどよりも強い口調で純太に言った。
「おまえ、いいかげんにしろよ。いきなり人のこと殴ろうとしやがってよ」
「でも、でもでも先輩! ストーカー行為はあまりよいことではないと僕は思います!」
「おまえに何がわかるんだよ。俺はこの大学の学費を稼ぐために、昼間は会社に行きながら夜中にヤマザキパンの工場でバイトしていたんだ。この苦労がわかってたまるかよ」
「学費のことでそんなに苦労されていたとは知りませんでした。ただ、僕が疑問に思うのは、先輩がなぜ……」
「おっと、その先は言うなよ。俺が高校の頃にめちゃくちゃモテたのに、とかそういうあれだろ。俺は確かに高校の頃はモテた。でもそれは交通事故のようなものでな、たまたま俺の当時のルックスが彼女たちの若気の至りの嗜好に合致したんだよ。でも、俺には中身というものが欠けていたため、高校を卒業したら途端にモテなくなった。悲惨な失恋も何度も経験した。俺はわかったんだ。俺にはもうモテキは来ない。それだけのものが俺の中にないんだからな。そこで俺はストーカーという行為を通じてしか、女性の心をつかめないということがわかったんだ」
「そ、それはちょっとずいぶん極端な飛躍ではないですか」
「うるせえ! それから俺はこの大学に行くために3年もの間、飲みにも行かず、甘いものも食べず、大好きなドイツ軍のコスプレもせずに金を貯め続けたんだ。俺は今、この大学に行けて本当に幸せだ。毎日が充実してるんだ。おまえみたいな補欠野郎にとやかく言われる筋合いはない!」
 確かに純太は万年補欠で、西田先輩は当時のエースストライカーだった。純太は何も言い返すことができなくなり、「すいませんでした」と言ってその場を去った。
 純太は帰り道で、自分のことが情けなくて仕方なくなった。あれだけストーカー大学の生徒をぶん殴ろうと思っていたのに、その相手が高校の先輩だったからって、おずおずと引き下がってしまうなんて。純太はまた明日出直そうと決めた。西田先輩には見つからないようにして、別の生徒をボコボコにしてやろう。