リハビリコミュニケーションズ

 3年間の引きこもり生活から脱却しようと決意したものの、いざ社会復帰するとなると他人と上手くコミュニケーションが取れるかどうか自信がなかった。こういう場合はどうしたものか。ネットでそのようなリハビリ施設がないかと検索すると、まさに自分が探していたようなのがひとつ見つかった。その名も「リハビリコミュニケーションズ」。
 同社では、長期間の休みから復帰する際のコミュニケーションのリハビリを支援してくれると言う。電話をかけると、「ただいま大変混み合っておりますが」と言われたが、そんなに多くの人間がコミュニケーションに苦しんでいるとは思えない。せいぜい5,6人だろうから、少し待てば入れるだろうと予想して現地に行ってみることにした。
 すると、会社が入っているビルの入り口から長蛇の行列が出来ており、最後尾ははるか300mほど離れたところにあった。どんなに人気のラーメン屋でもさすがにこんなに並ぶことはないだろう。行列を整理している担当社員らしき者がいたので、どれくらい待つのか聞いてみる。
「そうですね。あと50時間くらいは待ってもらうことになるかもしれません。今リハビリを受けている方は3日前から並んでいる人なのです」
 そんなバカなことがあるのだろうか。私が不審そうな顔を見せると、担当社員はこう説明する。
「この時期はいつもそうなんです。長い長い正月休みから復帰するにあたって、ちゃんと上手に挨拶ができるだろうか、滞りなくメールを送ることができるだろうか、人の目を見て年末年始に何をしたかを語ることができるだろうか、と不安になるものなのです」
「これ全員がそうなんですか?」私は思っていたことをそのまま口にする。
「そうです。ほぼ全員が正月休みから仕事始めへの不安を抱えている人だと思ってください。普段はここまで混まないんですよ。正月休みやお盆休み、GW明けなどの長期連休の後だけです。こんなに混むのは」
 私は自分を覆っていた不安がみるみるうちに溶けていくのを感じていた。3年引きこもった自分も、1週間休んでいたサラリーマンたちも、社会に復帰することへの不安の度合いにおいては変わらないのだ。私はなんとなく、うまくやっていけるような気がした。
「もう結構です。少しだけ自信が湧いてきました」担当社員にそうお礼を言い、私はスーツを買いに紳士服のコナカへと向かった。