ひらがなが好まれる時代

 今は、ひらがなが好まれる時代と呼ばれている。昔は漢字を多く知っている男性がモテた。ある文献に残っている記録によると、今から数百年前、年に一度の漢字検定の大会が行われると、女性たちが一張羅を着飾って殺到したという。当時は漢字を多く知っている男が出世すると思われていたし、実際にそうだった。逢引きの際に、地面に棒で難しい漢字を書こうものなら大抵の女性はコロリと参ってしまったという。
 女性は恋文を読むときに、まずはどのくらいの量の漢字を使っているかを見た。ひらがなだらけの恋文は内容がどんなに感動的なものでも問題外であり、逆に漢字だらけの恋文ならどんなに陳腐な内容でも女性は求婚を受け入れたものだ。
 だが、そんな時代も終焉を迎え、今では漢字を使う男たちは女性から歓迎されない。台東区に住む神崎雄二氏(28)が「訥々と」というタイトルで、意中の女性に漢字だらけのメールを送ったことがあったが、女性はそれを見るなり、この男は小難しいことばかり考えてそうだからダメだと思ったという。その一方で、同じ女性に宛てて別の男性・春日謙作氏(32)から「きみがすきだよ。だってきみはたいようみたいだから」というタイトルで、ひらがなだらけのメールが届いたときは即付き合うことを決心したという。
 現在は政治家たちですら漢字を使わない。漢字を使うと国民の、特に女性からの好感度が下がると言われているからだ。「じんけんほごほうあん」「こどもてあてほうあん」などのように、過去には漢字だった法案も全てひらがなに変えられた。政治家たちの名前も、「かんなおと」「よさのかおる」などのように、全員がひらがなに開いた。今では漢字を名前に入れた政治家はひとりもいない。そうでもしないと、票を集められないからだ。
 子供たちの名前も漢字を使う名前は絶滅しかけている。漢字などを使ってしまうといじめられるからだ。昨年の名づけランキングでは男子の1位が「ゆうもあ」、女子の1位が「びえら」だった。
 この現象に対して、言語学者たちは「漢字を滅ぼしてはならない」と言って苦言を呈したが、そのほとんどは黙殺された。ある小学生は言う。「わざわざ大変な思いをして、使う必要のない文字をどうして覚える必要があるの? ひらがなで全て事足りるのだから、ひらがなだけでいいじゃない」