炎の貧乏性

 3日3晩、不眠不休で探し歩いた甲斐があった。トマト缶が1個25円という破格の値段で売られているのを見つけて、22個を買い込む。これで来週はトマトスープを好きなだけ腹いっぱい食べることができる。隆司はその場で膝をつき、血ヘドを吐いた。ここまでして1円単位までケチることのできる自分は本当に根性があると思う。隆司はそのまま病院に運ばれ、妻の声で目が覚めた。
「あなた、大丈夫なの?」
「ああ。おまえか。ここはどこだ。病院か? ふふ、そうか、あのまま病院に運ばれたんだな。俺も相変わらずやるもんだ」
「俺もやるもんだ、じゃないわよ! 3日も家に帰ってこないで何をやってたの?」
「トマト缶だよ。近所のスーパーは1個128円もするから買う気がしなかった。俺の勘は西武線沿線のスーパーで安く売られていると告げていた。だから俺はその勘に従ったまでだ」
「だからと言って3日も歩き回ることないでしょ? 電車とかで行けばいいのに」
「バカ言うな! この浪費人間めが! 安く物を買うのに電車賃をかけてどうするんだ? 全てが水の泡じゃないか!」
「あなた、目を覚ましてちょうだい。私たちはそこまで貧乏じゃないのよ。あなたも私も仕事をしているし、うちには貯金もあるの。それなのに、どうしてそこまでするの? こないだも100円ショップに売ってるベルトの柄が気に入らないって言って長野県まで歩いて行って倒れたばかりじゃない」
「ああ、あのベルトは最高だったな。って、おまえは俺に不満を抱いているのか? 普通は亭主が貧乏性だともっと喜ぶものだろう。俺が1円でも安いものを求めて奔走する間に家計はどれだけ助かると思っているのだ?」
「とは言っても程度があるじゃない。そんな倒れるまで探しても意味ないわよ」
「俺の貧乏性について悪く言うのはそこまでだ。俺はこの貧乏性をどこまでも極めたいんだ。画家が絵の才能を持って生まれたように、サッカー選手がサッカーの才能を持って生まれたように、俺には貧乏性の才能がある。安いものを全力で探し当てる嗅覚があるんだ」
 そのまま隆司はベッドから降り、眩暈のする身体を引きずって病室を出ようとした。
「ちょっと、どこ行くのよ。ベッドに寝てないとダメじゃない」
「止めないでくれ。武蔵小山のスーパーでタイムセールがあるという情報を嗅ぎつけてしまったんだ。あそこでコンソメをまとめ買いすれば、今月の食費は250円浮くはずだ」
「わかったわ。もう私、何も言わない。あなたは貧乏性に命を賭けているのね。そうなのね」
「わかってくれてありがとう。さすがは俺の妻だ。血を吐いても、気を失っても貧乏性はやめられない。それが俺の人生なんだよ」
 血ヘドを吐きながら廊下を歩いていく隆司を妻は目を潤ませながら見送った。ナースはその姿を見て悲鳴をあげ、医師を呼んだのだが、隆司の姿はすでに病院の中にはなかった。