よかった貴代

「今日はよかった貴代と悪かった貴代を発表します。よかった貴代は小島さん、青木さん、西本さん。悪かった貴代は那須野さんと拝島さんです。悪かった貴代は明日までにレポートと反省文を提出してもらいます。よかった貴代には親子丼を用意していますので、食堂へどうぞ。悪かった貴代はいつものようにカヘルとモノノで我慢してください」


 テープはここで終わっていた。片平はため息をつく。これが謎の養成所「TAKAYO」の授業の模様を盗聴したものである。「TAKAYO」は全国の貴代さんたちを集め、世界最強の貴代を作り上げることに力を入れていた。3年前から世界で活躍するスポーツ選手や芸能人の名前を見てみるとわかるだろう。金沢貴代、大石貴代、石峰貴代、ヒッコリー貴代、ジェン貴代。これら全てが「TAKAYO」の卒業生であると言われている。
 片平はその頃、しがない芸能養成所を経営していたのだが、誰も有名なタレントが育たないため、「TAKAYO」の授業内容を知りたくて仕方がなかった。しかし、「TAKAYO」は徹底した秘密主義を貫いており、その内容が外に出ることはまずありえない。なんとか片平は大金を出してスパイを送り込んで盗聴させたのだが、テープに録音されていたのはほんの数秒だけ。しかも、その授業内容は全くわからなかった。
 ただ、よかった貴代に親子丼を食べさせるということだけはわかったので、片平はレッスン生たちに毎日親子丼を食べるように命じた。反対に、気になるのがカヘルとモノノの存在だ。これはどの情報機関に問い合わせても、そんな食べ物は地球上に存在しないとのことだった。ただ、テープでは「いつものように」と言っているので、貴代たちは毎日これを食べているに違いない。そこに「TAKAYO」躍進の鍵がある。片平はそう確信していたにもかかわらず、全く手がかりを得ることがなく、やがて養成所も経営破綻に陥ってしまった。
 その後、何年か経った後に、片平は元「TAKAYO」のメンバーが匿名で雑誌のインタビューに答えていたのを読んだ。そこにはカヘルとは米、モノノとは味噌汁の暗号だった。片平はそんな身近にあったものなのかと悔やみ、雑誌を手にとりながら人目もはばからずに涙をボロボロと流した。あのときそれに気づいていたら、今頃は自分の養成所からもスターを生んでいたに違いない。