明日からねこまる

 今朝、通りを歩いていると、見知らぬ初老の男から突然呼び止められ、「君は明日からねこまるだ」と言われた。私は意味がわからないから「意味がわからない」と言った。しかし男は頑として意見をぶらさずに「ねこまると言ったらねこまるだ」と言った。
 私の欠点をひとつ挙げるとするならば、こういった有無を言わさぬ論法に弱いことだ。これまでも訪問販売で数々の失態を演じてきている。今回もまた、知らない男から自信に満ちた顔でこう言われ、私の頭は麻痺しかけていた。
「そうかもしれない。私はねこまるです」
 そう言うと、男は非常に満足そうな笑みを浮かべ、「わかればよろしい。準備を怠らないように」と言われた。私はその最後の言葉が気になった。準備? ねこまるになるのは準備がいるのだろうか? その場ですぐ東急ハンズに電話をかける。
「ねこまるになるための準備を教えてください」
 すると、電話に出た若者は声のトーンを落とし、「わかりました。上の者にかわります」と言った。次に電話に出た女性はさらにひそひそとした声で言った。「用件はおうかがいしました。それでは来週の水曜日に当店の新宿店に来てください」
「水曜日? それでは間に合いません。明日からねこまるになるよう言われてるんです」
 私の反論にも女性は耳を貸さず、「水曜日でないと間に合いません」と言って電話を切った。私は電話を持ち、路上に立ち尽くす。明日からと言われているのに、水曜日だなんて。それまでどう過ごせばいいというのだ。