汗のくせして濡れすぎ!

 私は、汗というものはもっとあっさりしたものであっていいと思っている。言うならば、テーブルの上に飛んだお酢のような、電車の中でくしゃみした女の子の飛沫する鼻水のような。おしゃべりに興じていると出たのか出てないのかもわからないような、そんな些細なものであるべきなのだ。私は汗に関しては常に一言ある人間なので、小学校の自由研究でも汗に関する研究をしてきた。研究の内容はあまりに複雑なものであるからして、ここでは述べない。ただ、私が汗をないがしろにしてきたのではないことをわかってほしい。
 それなのに、それなのに、私の思惑に反して、私の汗は滝のように垂れ流れる一方なのである。今朝も電車の中で、ポチョンポチョンと床に垂れる汗に向かって私は怒鳴った。「汗のくせして濡れすぎだ!」と。けっこうな満員電車であったし、周囲の人間たちは皆、厚手のコートを着ている者ばかりだったから、私が汗に向かって怒っている様は相当奇異に写ったことだろう。「濡れすぎ! 濡れすぎ!」と連呼していると、次第に私の回りに輪が出来ていった。私の汗に濡れたくないという思いと、面倒くさい人間にかかわりたくないという思いが錯綜してのものだろう。それくらいは私にもわかるし、彼らを決して責めるつもりもない。ただ、私は言うことを聞かない自分の汗を許せないだけなのだ。だって、あなた方だって、汗が出て欲しくない状況で汗が出てきてしまったら腹を立てるだろう? 大事な会議でのプレゼンのとき、絶対にミスの許されない初デートのとき。こんなときに、自分の汗を制御できなかったら、自分の汗に対する憎しみは収まらないはずだ。私だって、電車に乗るときは、汗におとなしくしていてほしいと思っている。せいぜい出るにしても、1滴2滴にとどめておけよ!と。