モナ対リザの意外な結末

 モナのキックがリザの耳たぶをかすめた。観客はため息を漏らし、一部の狂信的なリザファンたちが徹底的にモナへの罵詈雑言を強める。これはあくまで政治討論会で、プロレスではない。それなのに、モナは暴力という表現方法しか知らないため、こういった手段に出るしかないのであった。リザは「とりあえずキックはやめてください、キックは。先ほどの茶髪禁止条例についてもっと深く論じ合いましょう」と言うが、モナはそんなことを聞こうともせずに、もう一発リザに向けてキックをお見舞いする。不意をつかれたリザは今度はよけることができず、アゴにヒットして崩れ落ちた。モナはリザの上に馬乗りになり、一言も発せずにリザの顔面を殴打しまくる。
 もはやこれは政治でも何でもなかった。常軌を逸したモナの暴力的な行動に、さすがのモナファンも黙り込む。モナはこれまで街頭演説でも、「暴力にかなう正義なし」をスローガンに掲げ、暴力礼賛の有権者たちから圧倒的な支持を受けていた。時には聴衆と小競り合いを起こし、警察が出動することなどもあったが、これらの小さな事件がモナのカリスマ性をますます高めることになった。
 モナファンたちはそんなモナのアグレッシブな活動をパフォーマンスとかエンターテインメントとして見ていたのかもしれない。今こうしてテレビで公開討論をやっている最中に討論相手のリザをボコボコにしている姿を見ると、さすがにこいつに投票するのはヤバいかもな…という気持ちになってきた。
 いじらしいのはリザだった。リザはモナから顔面を音がするほど激しく殴られながらも「茶髪条例を…、茶髪条例を…」とつぶやいており、この声をカメラはちゃんと拾っていた。これまでリザを「優等生気取りのお嬢様」だとか、「ルックスだけで政治家になれると思うなよ」などと批判していた者たちも、リザのガッツに感銘を受け始めていた。
 これは支持率にも如実に表れ始めていた。この公開討論をしながら、テレビの画面の右下には世論調査の模様がリアルタイムで反映されるのだが、リザの支持率が急激に上がり始めたのだ。それまではモナが7対3の割合で勝っていたのに、今ではモナとリザの支持率は1対9まで逆転してしまった。これを見たモナのマネージャーは、焦ってリザに対する暴力を止めさせようとした。「おい、支持率が下がっているぞ。暴力もそのくらいにしないと、おまえも負けてしまう」と言いながら、リザの上に乗るモナを引っぺがそうとしたが、勢いのついたモナは誰にも止めることができなかった。結局、警察がスタジオの中に踏み込み、警察官5人がようやくモナを引き剥がした。モナの血走った目は狂人そのものであり、それまでモナを支持していた有権者たちは、「自分たちはこんな奴を総理大臣にしようとしていたのか」と愕然とした。モナは逮捕され、殺人未遂や公務執行妨害で懲役7年を食らい、やがて大衆はモナの存在を忘れていった。
 日本初の総理大臣に選ばれたリザはというと、あれだけ不評だった茶髪禁止条例を最初に成立させた。これに反対する者はひとりもいなかった。国民はまだ、あれだけ顔を腫らしながら「茶髪禁止条例を…」とつぶやくリザの勇姿が頭から離れないのだった。日本から茶髪の人間がいなくなったのは、そういう理由によるものなのだ。