あなたのいいとこ見つけます

 長野県の佐久市に住む牧田幸作は、昔から聞き上手でフォロー上手と言われ、やたらと人が集まってくることで有名だった。幸作と話していると、みんな自信が増すというのだ。幸作はそれらの意見を真に受け、地元で『あなたのいいとこ見つけます』という名前のカウンセリング店をスタートさせ始めた。
 最初は店に来るのは同級生ばかりだったが、評判はクチコミであっというまに広がり、従業員を15人雇うほどの人気店となった。幸作は、現在の世の中にはこんなにたくさん自分のいいところがわからなくて病んでいる人がいるのだと言うことに気づき、世のためになるように店を東京へ進出させた。すると、マスコミたちが殺到。時代のニーズに合ったサービスを展開していた幸作は一躍時の人となった。
 幸作の体のひとつしかないため、1日に診ることができる客の数は限られている。それでも一日平均で50人の客を診てはいるが、ただ1人だけどうしてもいいところが見つけられない人がいた。彼の名前は遠藤仁三と言う。遠藤は超有名大学を卒業し、ある商社で働いているバリバリのビジネスマンであり、どう見ても長所だらけにしか見えないのだが、幸作にはどこもいい部分が見つけられなかった。
「すいません。遠藤さんのいいところがどうしても見つけられません」
 最初会ったとき、幸作が正直に白状すると、遠藤は頭の血管が切れるのではないかというほど荒れ狂った。
「何を抜かしてやがる、このインチキ医者め。俺はこんなに仕事もできて人望も厚い。いいところだらけじゃないか」
 本当にいいところだらけだったら、こんな店に来る必要ないじゃないかと思ったが、幸作はそれは口に出さなかった。
「だとしても、本当にいいところが見つからないんです。ごめんなさい。他を当たってください」
「何度でも来てやるよ。おまえが俺のいいところを見つけるまで来てやるよ」
 それ以来、遠藤は毎日会社帰りに幸作の店に寄った。幸作は遠藤と会話をしながら、一生懸命いいところを見つけようとしたが、全く見つけることはできなかった。幸作は自分の能力に対する自信を失いかけ、アルコールに溺れたこともあった。あまりに悩みすぎて、髪の毛がごそっと抜けたこともあった。
 しかしある日のこと、幸作は遠藤から何かの匂いを感じたことがあった。以前にもその匂いは何度か感じていた。だがしかし、それが何なのか気づかなかったのだ。幸作は遠藤の体臭がたまにブリ大根のような匂いをすることを突き止めた。
「ついに見つけました」
 改まって幸作が言うと、遠藤の顔は緊張した。
「そうか、ついに見つけたか。なんとなく寂しいな。ここに来るのを楽しみにしてたんだけど。先生と話すの好きだったんだよ」
「発表してもいいですか」
「おお、いいよ、してくれ」
 幸作がゴクリとツバを呑みこみ、遠藤に告げた。
「遠藤さんのいいところは体臭が微妙にブリ大根っぽいことです。その甘い匂いがあれば、周りの人をホッとさせるでしょう。遠藤さんは攻撃的な面が強く、僕は一緒にいて辛くなることが多かった。でも、その匂いに意識をフォーカスさせれば、僕は遠藤さんと長時間一緒にいる自信があります。だから遠藤さんも、そのブリ大根っぽい体臭を伸ばしていけば、今以上にみんなから好かれるのではないでしょうか」
 遠藤はそれを聞いて泣き出した。「体臭か…それは盲点だったな。これから俺も、自分のブリ大根っぽい体臭を意識することにするよ。本当にありがとう」
 幸作はそれ以来、仕事の合間に疲れてくると、机の中に隠したブリ大根の匂いを嗅ぐことにしている。遠藤とのあの濃厚で苦悩に満ちた日々を思い出し、失いかけていた自信を再確認することができるからだ。