犬は肩を撃ったろう?

 時計の針が夜をさして、私はこの町でもっとも力があると言われている政治家のSさん宅を訪ねる。Sさんは私の顔を見るやいなや、「遅いぞ」と一言だけつぶやき、奥へと消えていった。私はその後を追い、ひんやりとした空気の部屋の真ん中にあるテーブルに座る。Sさんは台所からミカンを2つ持ってきて、私の前にドンと置いた。「ミカンありがとうございます」と私が言うと、Sさんは「いい、いい」と手を振る。Sさんは「ところで本題だが」と言いながら私の前の席に座る。私はどのタイミングでミカンの皮をむこうかと考えるが、Sさんは話し始めてしまう。
「おまえはなんでも私の言うことを聞く男だな」
 何を今更と思うが、私は一応「はい」と答える。Sさんは大変満足した顔を浮かべる。
「では、作戦甲と作戦乙を実行に移してくれ」
 Sさんが言い、私はそれだけのことかと一種落胆のような感情を覚えながらもう一度「はい」と言う。そもそも私はそれらの両作戦について実行する気でいたのだ。ちなみに作戦甲とは、地元にいるSさんのライバルであるKさんを卑怯な作戦を使って没落させることで、詳細は…やめておこう。ここで語るには複雑すぎる。とにかく私はSさんにこれ以上ない忠誠を捧げているからして、私の人生などはどうなってもよい。とにかくSさんにいい思いをしていただければ本望である。
 Sさんは私の答えに満足したのか、突然会話をズバッと切り上げて、2階の書斎へと上げってしまった。今夜はもうSさんが降りてこないことはわかっていたから、私は遠慮なくミカンを立て続けに2個食べた。Sさんのような金持ちが出すにはずいぶん酸っぱいミカンではあったが、久しぶりに果物なんぞ口にしたなあと満足しながら私はSさん宅をあとにした。